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2015年11月11日22:11

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【218】 2015/11/11(水)過去が祝福に変わる。すべての賜物が生かされる。」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16154 (写真入り記事)

昨日は、幻の1秒シュートを放って「ヒーロー」になったという話をしましたが、今日は、「モノマネ王」になったお話を思い出したのでしたいと思います。

当時、小学校では、朝の朝礼の時間に「モノマネ選手権」を年に一度開催しました。

小学5年生か6年生のどちらかだったと思います。母親のワンピースを借りて、多少女装をし、日本酒の一升瓶を持って、ほろ酔いの雰囲気で細川たかしの「北酒場」を歌いました。

不思議なシチュエーションだったと思います。私が女性役で、となりに親友が男性役で立つのですが、歌うのは全部私で、なぜそんな出し物をしたのか思い出せないのですが、1年から6年まで、各クラスから1つの出し物をして、その中から王座や努力賞などを決定しました。

不思議なことに、私の歌った「北酒場」が優勝してしまって、「モノマネ王」の異名をもらってしまいました。

当時の私は、「イントロクイズ」と「腕相撲」をやらせたら右に出るものがないくらいでした。

イントロクイズが得意になったのは、当時流行っていた、「ザ・ベストテン」などの歌番組を欠かさず見ていましたし、番組を最初から最後までラジカセで録音をし、繰り返し聴いていましたので、「超ウルトライントロクイズ」で、歌の出だしや間奏部分だけをちょっと流しただけでも曲名を言い当てました。

腕相撲大会も、毎回のように優勝していました。ただ、男子の部の優勝者の私と、女子の部の優勝者の松川さんと2人で担任の先生と対決するという最後のイベントがありましたが、それには勝てませんでした。

担任先生は、「どうだすごいだろう!」みたいなことを言って、得意になっていたことを思い出します。

最近妙に昔のことを思い出します。

おそらく、過去の傷が一つ一ついやされていき、心が平安で、静かな喜びに溢れているので、失われていた過去の記憶を思い出しているのではないかと思います。

18歳の時、私は人生に行き詰まり、「死にたい!」と思いました。その前後の体験を通して、過去の出来事を忘れようと努力し、封印して来たのではないかと感じます。

父方の先祖は、約1000年間続く神社の神主をしている家系ですが、クリスチャンになった後は、「呪われた家系」と考え、引け目を感じていました。

18歳でクリスチャンになり、日本ではクリスチャンが少数派ですし、左翼思想の影響も受けて、自分が日本人であることに引け目を感じて来たように思います。

しかし、聖霊の恵みを頂き、キリストとの人格的な深い出会いと交わりを経験するようになってからは、上品な「キリスト教徒」を脱却し、キリスト命の「キリスト狂徒」に変わりました。

その時から私は、「すべてが素晴らしい!」と感じるようになりました。

自分の過去を振り返ってみて、「あー、神様が守って下さったんだな」と、すべてのことが懐かしく、感謝に変わっていきました。

私の家系がずっと神道の家系であったことは、自分で選んだのではありません。神様がそのような環境に生まれさせて下さった。そして、その家系の中から牧師を輩出させて下さった。家系に流れる賜物や祝福が神様によって贖われ、今私に与えられているんだということに驚きを感謝で一杯です。

そして、私は、日本が大好きになり、「日本人に生まれてよかった!」と心から思えるようになりました。

神様が、日本を愛して下さっていると深く確信します。

毎日、皇室と総理大臣の救いと、導きを祈ります。日本のために働いて下さる方々に感謝をし、救いと祝福を祈ります。

日本で起こっているすべてのことは、神の許しの中で起こっていると確信し、御手に委ねて、毎日リバイバルが起こる(多くの日本人がイエスの救いを受け取れる)ように祈ります。

聖書には、「召命と賜物は変わることがありません」と書かれています。

例えば、召命とは、神が私を牧師になるように呼んで下さったことです。そうすると、その召命には賜物がセットで与えられます。

文章や言葉や音楽などを通して、神様の愛を伝え、神様の恵みの中に導く働きをするために、賜物を神様が与えて下さっていると思います。だから牧師が続けられます。賜物がなかったとしたら、苦痛で大変だと思います。

また、私はあんまり意識していませんでしたが、車の運転をする賜物が与えられていると最近感じています。

昔は、レーサーを目指し、バイクでも、車でも、暇があれば峠を攻めにいっていました。ジムカーナやラリー、モトクロスやトライアルみたいなものもやっていましたし、運転が大好きでした。

今は、車やバイクは移動の手段になってしまいましたが、運転は嫌いではありません。

いよいよフランクリン・グラハム大会まで10日を切りました。この大会のために、ずっと奉仕をさせて頂きました。会議に出たり、様々な細かい仕事もしましたが、主な働きは、車を運転して、一都四県(東京都・神奈川県・埼玉県・茨城県・千葉県)の教会を訪問して協力をお願いする仕事でした。

牧師になった頃、セールスマンの仕事をしていましたので、営業のような教会訪問の仕事も私にはぴったりでした。

大会中は、どんな仕事をしたらいいかを模索していたら、行き着いたのが「舞台裏」の仕事でした。大きな大会の舞台裏がどのように動いているのかをこの機会に学べるので、「よかった!」と思っていいました。

そんな矢先に、本部の方から、「その仕事は誰でもできるから、その働きではもったいない。ぜひバスの運転手をお願いできないだろうか!?」と話が来ました。

最初は、「うーん!」という感じで渋りましたが、祈って考えてみると、「この機会に私の運転の賜物が生かされたら素晴らしい!」と考え方が変わり、引き受けることにしました。

今から20年以上前に、苦労して「大型二種免許」を取得しました。路線バスや観光バスの運転手を仕事にしようと考えていましたが、ボランティアで大型バスを時々運転するくらいで、最近では、バスは運転手付きでチャーターすることが多くなり、滅多にバスのハンドルを握る機会がありませんでした。

大会中も、「送迎バスの運転手」という私にふさわしい奉仕が与えられてよかったなーと思っています。

大会前の教会訪問は、おそらく今日が最後です。寂しくもあり、悲しくもありますが、600の教会を訪問し、回った中の多くの教会が協力教会になって下さいました。すべてが良い思い出であり、懐かしいです。

神様に無駄はありません。最近では、あんまり向いてない仕事から私を遠ざけ、私に向いている仕事ができるように導いて下さっています。

また、私の家系の中にある賜物や、私がかつて得意でやっていたこと、やれば得意だけどそれに気づいていないことなどを思い出させて下さり、それができるようにして下さっています。

毎日インターネットを通して、神様の愛と聖書の言葉を分かち合っているのも、小学生時代、担任の先生から、「菅野君の作文はとてもうまいね。その実力を伸ばしたらいいね」といってくれていたことを、この文章を書きながら思い出しました。

みなさんも、忘れているかも知れませんが、神様から与えられた賜物、得意なこと、特異な能力など、神様から思い出させてもらって、その能力が生かされ、みなさんの幸せと神様の栄光などのために活用されていきますようにお祈りいたします。

最後の、今日は、最後の教会訪問の日でしたので、新規での教会ではなく、すでに協力教会になって下さっている7つの教会を12時間かけて、2人のスタッフ(最初は3人でしたが途中で帰られました)で回りました。

1、イエス・キリスト教団 臼井キリスト教会
2、日本長老教会 佐倉王子台チャペル
3、単立 聖教会インターハートチャペル
4、単立 みもみキリスト教会
5、単立 緑ヶ丘しおん教会
6、インマヌエル総合伝道団 インマヌエル船橋キリスト教会
7、日本ナザレン教団 千葉キリスト教会

ほとんどの教会で、牧師先生やスタッフの方々とゆっくりお話をさせて頂きました。数多く回るよりも、一つ一つの教会を丁寧に回って来ました。とても良い時間を過ごさせて頂きました。

神様は、私たちに与えられた賜物を用いて働くチャンスを下さいます。ぜひそのチャンスを生かして、良き働きをさせて頂きたいものです。

一日お疲れ様でした。

また明日。お休みなさい。

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