http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16123 (写真入り記事)
小学4年生の森田悠生くんがこんな素敵な作文を書きました。
悠生くんと同じ学年の子どもを育てている親として、このような考え方をし、このような表現力を持ち、生き方をする子どもがいることを知り、心が温まります。とても素敵です。
『ぼくがいるよ』(日本語大賞小学生の部 文部科学大臣賞)
お母さんが帰ってくる! 一ヶ月近く入院生活を送っていたお母さんが戻ってくる。お母さんが退院する日、ぼくは友だちと遊ぶ約束もせず、寄り道もしないでいちもくさんに帰宅した。久しぶりに会うお母さんとたくさん話がしたかった。話したいことはたくさんあるんだ。 帰宅すると、台所から香ばしいにおいがしてきた。ぼくの大好きなホットケーキのはちみつがけだ。台所にはお母さんが立っていた。少しやせたようだけど、思ったよりも元気そうでぼくはとりあえず安心した。「おかえり」いつものお母さんの声がその日だけは特別に聞こえた。そして、はちみつがたっぷりかかったホットケーキがとてもおいしかった。お母さんが入院する前と同じ日常が僕の家庭にもどってきた。
お母さんの様子が以前とちがうことに気が付いたのはそれから数日経ってからのことだ。みそ汁の味が急にこくなったり、そうでなかったりしたので、ぼくは何気なく「なんだか最近、みそ汁の味がヘン。」と言ってしまった。すると、お母さんはとても困った顔をした。
「実はね、手術をしてから味と匂いが全くないの。だから料理の味付けがてきとうになっちゃって……」お母さんは深いため息をついた。そう言われてみると最近のお母さんはあまり食事をしなくなった。作るおかずも特別な味付けが必要ないものばかりだ。 しだいにお母さんの手作りの料理が姿を消していった。かわりに近くのスーパーのお惣菜が食卓に並ぶようになった。そんな状況を観てぼくは一つの提案を思いついた。ぼくは料理が出来ないけれどお母さんの味は覚えている。だから、料理はお母さんがして味付けはぼくがする。共同で料理を作ることを思いついた。
「ぼくが味付けをするから、一緒に料理を作ろうよ。」ぼくからの提案にお母さんは少しおどろいていたけど、すぐに賛成してくれた。「では、ぶりの照り焼きに挑戦してみようか」お母さんが言った。ぶりの照り焼きは家族の好物だ。フライパンで川がパリッとするまでぶりを焼く。その後、レシピ通りに作ったタレを混ぜる。そこまではお母さんの仕事。タレを煮詰めて家族が好きな味に仕上げるのがぼくの仕事。だいぶ照りが出てきたところでタレの味を確かめる。「いつもの味だ。」ぼくがそう言うと久しぶりにお母さんに笑顔が戻った。 その日からお母さんとぼくの共同作業が始まった。お父さんも時々加わった。ぼくは朝、一時間早起きをして一緒に料理を作るようになった。
お母さんは家族をあまり頼りにしないで一人でなんでもやってしまう。でもね、お母さん、ぼくがいるよ。ぼくはお母さんが思っているよりもずっとしっかりしている。だから、ぼくにもっと頼ってもいいよ。ぼくがいるよ。 いつか、お母さんの病気が治ることを祈りながら心のなかでそうくり返した。[終わり]
家族の中にこのような温かさがあったら幸せです。
しかし、温かい家庭の背後には、お母さんの病気という試練と痛みがありました。
私たちの人生の中にも、数多くの試練が訪れるのではないでしょうか。試練や痛みは、温かいぬくもりと愛によって素晴らしいものに変わります。
そんなぬくもりと愛が私たちから流れ出て、日本や世界に満ちますように。
「お互い に親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなた方を赦してくださったように 、互いに赦しあいなさい。」(エペソ4章32節)
素敵な一日でありますように。
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