◆ テルモ、心臓治療で再生医療の産業化へ挑む 改正薬事法の下で2製品がスピード承認
【東洋経済オンライン】10/25
長谷川 愛
患者の足の筋肉の細胞で作った、直径4cmの薄いシートを5枚、直接心臓に張り付ける。
それだけで重症心不全の患者の心機能が改善した。
9月18日、この細胞シート「ハートシート」が厚生労働省から、製造販売承認を取得した。
開発したのは医療機器大手のテルモだ。
ハートシートによる治療の対象となる患者は国内に数万人。
治療が行えるのは、心臓移植や人工心臓の手術ができて細胞培養施設のある、数十の病院だ。
まずは数施設で年間30〜40人の治療を見込む。
「5〜10年後に10億〜20億円規模の事業に育てたい。 大きくはないが、再生医療にとって意味ある突破口だ」
会見でテルモの新宅祐太郎社長は「突破口」という言葉を強調した。
再生医療の早期実用化を目指す新しい法律の下で、ハートシートが第1号の承認案件となったからだ。
再生医療とは、病気やケガで機能が損なわれた臓器や組織を、細胞を使って治すこと。
脊髄損傷や脳梗塞によるマヒ、失明につながる加齢黄斑変性という目の難病など、これまで治療法がなかった病気に効果が期待されている。
日本は細胞のシート化やiPS細胞(人工多能性幹細胞)をはじめとする研究開発で世界をリードしてきた。
が、肝心の実用化では、後れを取った。
日本で現在販売されているのは、富士フイルム傘下のジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)が開発した、人工表皮と人工軟骨の2品目のみ。
2012年時点で、米国は9品目、欧州は20品目、韓国は14品目が発売済みだった。
状況を打開すべく、国は再生医療の法改正を実施。
特に画期的なのは、2014年11月施行の医薬品医療機器等法(改正薬事法)で、再生医療の「条件・期限付き承認」を認めたことだ。
臨床試験(治験)の症例数が少なくても、有効性が推定されれば市販できる。
仮免許のようなものだ。
旧薬事法は大勢の患者による比較試験で有効性を確認することを求めていた。
だが、テルモのハートシートの治験は、わずか7例。「(法改正がなければ)さらに50〜100例の治験を行うために3〜5年かかる可能性もあった」(テルモの鮫島正・研究開発本部研究主幹)。
今後は販売しながら60例で治療の有効性を検証し、5年以内に再度、正式な承認に向けた申請を行うことが条件である。
審査期間も短縮された。
J-TECの2製品は、旧法の下で申請から承認まで約3年間を要した。
だが、法改正により医薬品でも医療機器でもない「再生医療等製品」というカテゴリーが新設されたことで、ハートシートと、同時に承認を取得し骨髄移植時の合併症を対象としたJCRファーマの「テムセルHS注」は、いずれも約1年のスピード承認となった。
患者にとり、新しい治療法が早く届くのは朗報だ。
企業にとっても開発資金の回収が早まり、開発のインセンティブが増す。
現在10〜20品目が治験中で、欧米の大手製薬企業も、制度が整った日本で開発する準備を進めている。
ただ、再生医療の離陸には、課題も多い。
条件・期限付き承認のリスクとして、多くの患者に使ってみて初めて、有効性が確認できないとわかることもありうる。
価格決定という大きなテーマも残る。
厚生労働相の諮問機関である中央社会保険医療協議会が、早ければ年内にも2製品の価格を決め、その後に保険収載、発売となる。
法改正後の最初の製品だけに、その価格は今後の目安となる。
再生医療が普及するためには、企業が利益を出せて、かつ、国民の医療費負担を抑制できなければならない。
価格決定の重要な判断材料は製品の原価だ。
ハートシートの治験では、コストは手術の手技料を除き、一例当たり千数百万円。
患者一人ひとりから細胞を採取して、検査、4週間の培養を行うオーダーメード製品だ。
現状では計画・大量生産ができず、大幅なコストダウンは難しい。
製造中止のリスクもある。
先行するJ-TECの重症熱傷向け人工表皮では、培養中の患者の死亡などによる製造中止が30%強。
ひざの人工軟骨では、入院やリハビリ期間の長さを熟慮した結果、患者都合で取りやめるなどのケースが約20%。
「このようなロスは思ったより大きいが、現行の保険制度ではカバーされず、企業努力で改善しがたい」(J-TEC幹部)。
こうしたリスクも考えると、テルモの利益を確保するには、1000万円を超す価格となってもおかしくない。
一方で、1000万円単位の治療法だと、多くの患者が利用した場合、国民の医療費負担が莫大になってしまう。
ハートシートの対象よりも重症度が高く、心不全の患者に行われる心臓移植の手術コストはおよそ3000万円。
人工心臓はおよそ2000万円かかる。
これらと同列の高額となれば、再生医療が身近な治療となるのは難しい。
新宅社長は「プロセスの合理化や、患者以外の細胞でシートを作っておくことも、いずれ行いたい」とする。
もっとも、他人の細胞の場合、拒絶反応や調達の安定性の問題があり、ハードルを越えるには時間がかかる。
画期的な新薬が生まれにくくなる中、再生医療への企業の取り組みは加速。
アステラス製薬は循環器疾患とがん領域で、数年以内の臨床試験の開始を目指す。
富士フイルムは今年5月、iPS細胞を開発・製造する米ベンチャーを買収した。
業界団体の「再生医療イノベーションフォーラム」には実に173もの会社が加盟している。
今回承認された2製品が軌道に乗るかどうかが、再生医療の今後の普及を占ううえで試金石となりそうだ。
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長谷川 愛 はせがわ あい
東洋経済 編集局記者
東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(鳥について研究)。
2011年に東洋経済新報社に入社。
ネット業界の担当を経て、現在は製薬業界を担当。
たまに科学関係の記事も。
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再生医療・・・まだまだ、道のりは遠いな。
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