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2015年10月09日11:36

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夢の小料理屋のはなし 69

今日は仙台へ日帰り出張。

全く新幹線ってのは不便だねぇ、あんなもんが無ければ一晩仙台に泊まって古い友達と一番町で酒でも飲んだのにな。
そろそろ牡蠣なんか美味しかったりするんじゃないの?
全く、技術革新ってのは酒飲みにとっちゃ迷惑だったりするよね。

まぁ、そんな訳で、ホヤの燻製をしゃぶりながらワンカップを片手に泣く泣く東京に帰ってきましたよ。
見知らぬどこぞの美人と相席になって、おつまみの交換なんてしながら帰ってきたってのは、女将さんには内緒だ。

さて、そんなほろ酔い加減の金曜日のアフターファイブ。
勿論一目散に向かうのは、あの小料理屋だ。

・・・と、今日は先客が居た。
近所の老舗のバーのマスターだ。

「おっ、こんばんは。珍しいところで飲んでますね。」
「たまには良いんですよ、いつも頑張って仕事してますから。」
「そうだね、最近じゃバーテンダーのお仕事以外にも、お客さんの役になって酒飲んだり大変ですもんね。」
「そう、一人二役。でもねぇ、アレは意味があるんですよ。」
「へえ、どんな?」
「商売と言うのはね、自分がお客様の目線になってみて初めて気付くことがある訳ですよ。そう言うね、『気付きの時間』と言うのを僕は大切にしたいんです。」
「とか何とか言って、最近いつ行ってもカウンターで『気付きの時間』を楽しんでるじゃないですか。」
「あ、ちょっと僕が言い訳してると思ってるでしょ?」

黙っていればそれなりに渋くてダンディなマスターなのだ。
食べログかなんかで彼のお店を見ると「ムーディーな雰囲気のお店で、バリッとしたマスターがお酒を作ってくれる素敵なバー」とか、「至福のくつろぎがそこにはある。」だのと、ありとあらゆる賛辞がそこには並んでいる。

だが、僕が知ってるマスターはいつもこんな調子で笑いながら飲んでいる。
こないだなんか、他に誰もいないお店の中でマッドマックスを見ながら二人で呑んだ。
「今ブーメランで指飛ばされたね!」だって。
ま、そんなもんさ。

「最近マスターのお店で呑んでないわねぇ。」
「女将さんもたまには来てよ、美人大歓迎だからさぁ。」
「さぁ、美人かどうかは分からないけれど、でもたまには良い雰囲気のお店で美味しいウイスキーなんかを飲むのも良いかもね。」
「たまにと言わず、毎晩来てくださってもオッケーですよ。」
「じゃあ、あとで二人で行くわね。」
小さくガッツポーズのマスター。

で、そんなマスターが今日食べているのが、肉じゃが。

「マスター、意外と日本的な物を食べるんですね。」
「やっぱ、日本酒呑むときは和物でしょ。ここでキャラメルポップとか食べてたらおかしいでしょ。」
「まぁ、それもそうだねぇ。しっかし、旨そうだな。女将さん、僕も肉じゃが。」
「そう来ると思ったわ。はい、肉じゃが。」
「どうしてそう来ると思った?」
「あなた、隣の人が食べてるものが気になっちゃうタイプだからよ。」
「あ、バレた?」
「そのうち、新幹線の中で隣の人のおつまみに手を出すんじゃないかと思って心配してるんだけど、フフフ。」

あらら、見てたかのように言うね、女将さん。

「でも、あれだよ女将さん。僕は隣の人のおつまみに手を出しても隣の人に手を出したりはしないから大丈夫だってば。」
ふと、マスターと目が合う。
「俺、そう言う男同士の趣味とか無いからね、ダンナ。」
「だから大丈夫だってば。」

肉じゃがの湯気が、良い香りと共に僕の鼻を直撃する。
自然と顔がほころんでくる。
幸せの香りだ。

「ディオールやシャネルの香りをかいでも『食べたい』とは思わないけど、この香りは直接本能に訴えかけてきますよね、マスター。」
「そう?俺はディオールやシャネルの香りをかいでも『食べたい』と思う時はあるかなぁ。」
ニヤリと笑うマスター。

と、女将さんがお猪口二つと熱燗を持って僕の横に座りながら言った。
「でもねマスター、この人は日本酒呑むときは和物が好きみたいなんです。」
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