http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16081 (写真入り記事)
今さっき、祈祷会を終えて帰宅しました。私にとって祈りの会は至福の時間です。
長く祈ればいいとは思いませんが、多くの祈祷会は、祈祷の会のはずなのに、人の話を聞く時間が大半なのではないかと思います。
もしそうであれば、証会(あかしかい)とか、平日集会とか、勉強会などという名称にしてもいいと思うくらいです。
私が理想に思う祈祷会は、祈りの時間が大半を占める会です。
今日の祈祷会は、2時間半行われましたが、30分説教、30分賛美、そして、1時間半祈りました。
約2時間ギターを弾き続けました。ギターの弦を押さえる指先の痛みと、右肩が筋肉痛になっていますが、あっという間でした。
日曜日の礼拝は、ある程度枠組みが決まっていますが、祈祷会は自由な枠組みでやっています。時間になったので、『祈りをやめて下さい!』『これから〜をします!』などと区切らず、神様が導かれるように会を進行していきます。
チラッと時計を見て、『そろそろ祈りを終えて、ゴスペルソングを歌おう!』と考えましたが、神様からは、祈り続けるようにとの導きを感じました。
しかも、会衆の祈りがまったく止まらないのです。うれしかったですね〜。天国にいるように感じます。
『あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです。』(詩篇84:10)
通常、『祈り続けたい!』と考えても、『そろそろ会衆が退屈する頃だろう〜』と考えて、祈り、賛美、短いメッセージ、代表祈祷、証し、祈り、説教など、会衆が飽きる前に切り替えていくということをすることもありますが、神様がそのように導かれたらそうしますが、神様は、『ひたすら祈り続けなさい!』と導かれました。
多くの人は、5分や10分祈ると、祈りを終えてしまいます。祈る題材がなくなってしまうのでしょう。おそらくですが、食前の感謝の祈りくらいで、普段あんまり祈らない人なのかも知れません。
しかし私は、祈りの素晴らしさを知り、味占めてしまったので、何かと祈りますし、2時間や3時間くらいは普通に祈り続けます。前述のように、長く祈ったからいいとか、断食したり、徹夜したり、早朝祈ったから良いというのではなく、神様と深く交わることが大切です。
しかし、若いカップルが恋をし合っている時には、どんなに忙しくてもデートの時間を見つけて会いますし、『少しでも長く一緒に居たい!』と思うものではないでしょうか?
お祈りも同じです。少しでも時間を見つけて神に祈り、『少しでも長く祈り続けたい!』と思うものだと思います。この方は最愛のお方だからです。
妻は子供たちにはっきり言います。『イエス様を一番目に愛し、二番目にパパを愛している』と。私も、聞かれたら同じように言います。
金銭を愛したり、神以上に愛するものを持つことを戒めています。
両親、配偶者、恋人、親友など、大切な人を愛していいのです。むしろ、『あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。』(レビ記19:18 & マタイ19:19)と聖書は語ります。
しかし、どんなに隣人を愛しても愛し過ぎることはありませんが、神様以上に愛するとしたら、その愛する存在が神ではないのに神としていることであり、偶像となっています。
『あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。』(出エジプト20:3〜6)
誰にも勝って神を第一に愛し、仕えたいものです。
その結果、たえず祈るようになり、長い時間神に祈るようになると思います。
どうぞ、神と過ごす時間を何にも勝って大切にし、神と深く交わって下さい。
そうしたら、神が愛して下さっていることがわかり、それが祝福となるのです。
神様はあなたを愛しておられます。神の愛に心満たされておやすみ下さい。
おやすみなさい。
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