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2015年09月18日03:27

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暴言を吐いてみよう。(田代駄犬メモ)

安保法案、参院特別委で可決
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3621220


憲法9条を政治的宣言と考えてみよう。あれだ、教室に貼ってあるスローガンと同じだ。
「遅刻しない、給食残さない、隣のクラスの田代くんは女の子のスカートをめくらない。」

真面目な委員長君である日本人は毎朝始業30分前に登校し、給食の脱脂粉乳さえも飲み干してきたのだ。もちろん理想はそこにあるが、別に守らないからといってどうということはない。罰則はないのである。

そう…誰が主権者を罰することができようか?
国会こそが主権者である。国会の多数派が通すと決めた法案は可決される。もちろん揉めるし、紛糾するが、多数派が勝つ。

そして仮に違憲判決を最高裁が下したとしても、別にその法律を廃止、改正する義務は国会にない。だから極端な話、永遠にその法律を放置し続けることが出来る。
最高裁が百回、違憲判決を下しても同じだ。実際、一票の格差問題は依然として放置されたままである。

その法律に文句があるなら、「最高裁まで、来いよ、ベネット。怖いのか?」とか政府は言って、裁判をやらせる。これで金が無いやつは諦めるよりないので、一般性については頑としてはねつけることが出来る。



そう捉えるならば従来型の解釈など無意味。国会も政府もこの宣言に拘束されない。

70年間、自制していたにすぎないのだ。極端な話、「島を返せ」とどこかの半島の南側にいきなり『侵略戦争』を仕掛けたとしても、別に憲法違反にはならない。

もちろん学者は「憲法違反」と言うだろう。デモも起きるだろう。だが、その政権が政権の座に居続けるかぎり、形式上は『合憲』である。

結局、有権解釈が出来るのは最高裁ではなく、国民でもなく、主権を有する国会であり、国会の多数派が選んだ内閣なのだ。

ようするにもともと日本は『普通の国』だったのだ。委員長君も女子のスカートをめくっても良かったのだ。
ただ単に平和主義というスローガンを律儀にただただひたすら守っていたのである。


こう言い換えてもいい。憲法9条は完全な政治的宣言たる非核三原則と効力が同じだ。
法形式が憲法と国会の『決議』である非核三原則の効力を同一と言ってしまうのは馬鹿犬にも程があると自分でも思うが、法律改正手続きだけでどちらもたやすく撤回できた。

そしてこのスローガンのいずれも守る守らないは政権の胸三寸なのである。もちろん非核三原則にはNPTの問題はあるが、離脱することも出来る。

欧州人権条約とイギリスの議会主権の関係を連想するといい。議会主権は死んでいない。EUを
離脱さえすれば、もう欧州人権条約に拘束されない。議会主権はその自身の意志によって、自らの最高性を自制しているにすぎない。その気にさえなれば、いつでもシリアの移民にさよならできるのである。

暴言吐いたらすっきりした。まとまってないけどおわり犬
PS 田代君、今度スカートめくる時は僕犬の目の前でめくってね。できれば金髪巨乳美女がいいなぁ。でも罰金はもちろん、田代君が払うんだよ?





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