http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16027 (写真入り記事)
仕事で疲れを感じることがありますが、人間関係の疲れはもっとこたえるものです。
理解されない苦しみ、置いていかれてしまう孤独、裏切られ拒絶される悲しみなど、心の痛みはなかなか人にわかってもらえるものではありません。
そんな時、自分が自分の友達になるように、自分の心と向き合って、自分の感情やキモチに耳を傾けて下さい。そして、自分ともう一人の自分と心を通わせるのです。
心の痛みや悲しみは、経緯は違ったとしても、みんな共通した感情です。
あなたの痛みや悲しみは、自分の感情やキモチを感じ、深く知ることで、心の構造を深く理解できるようになり、自然に、人の心も理解できるようになり、相手のかゆいところに手が届くようになるものです。
人間関係で疲れるのは、お互いの心が通じ合わない時です。心が通じ合わないと相手の心が理解できず疲れてしまいます。しかし、心が通じ合うと相手の心が理解できるようになり、人間関係が楽しく、元気を与えてくれるものです。
心が通じ合う?通じ合わない?は、1:1の人間関係だけではなく、1:大勢の関係でも同じです。
私は、色々な集会に参加します。ある時は聴衆の一人として参加します。またある時は、司会や講演をしたり、音楽を演奏したり歌ったりします。
ある集会は、参加者同士の心が通じ合い、居心地がよく、元気になって帰って来られますが、違う集会では、参加者同士の心が通い合わず、「自分の居場所でない」と感じたり、居心地が悪く、疲れ切ってしまうことがあります。
心と心が通じ合っているかどうか? これが大切なポイントです。
参加者が義理や義務で来ている集会は、なかなか心が通じ合いません。しかし、コンサート、講演会、スポーツ観戦、教会の礼拝やミサなどは、自分の意思で参加していますので、参加者同士の心が通い合い、居心地がよく、元気をもらえます。
心が通じ合わない原因は、本音ではなく建前で生きているからです。
つらく悲しい時、自分の感情やキモチに耳を傾け、心を受け止める時、自分ともう一人の自分が本音で触れ合います。
しかし、つらく悲しくても、自分の心を無視し、責めたり、心を打ちたたいたりすると、自分ともう一人の自分の本音が触れ合えず、建前の関係になり、自己不一致になります。
心は、本音と本音が触れ合い、本音で生きてこそ元気になるのです。
�� 自分と本音で心通わし、
�� 人と本音で心通わし、
�� 神と本音で心通わして下さい。
建前でイエス・キリストを信じると、キリスト教という宗教になってしまいます。しかし、キリスト教の本質は、宗教ではなく、神との関係です。神と本音で触れ合い、交わり、祈るなら、そこに神の命と力が流れて来ます。
本音の部分で心を通わしましょう。
私はネットを通して、単に情報提供をしているのではありません。みなさんと心を通わしたいのです。
だから、議論をしたり、批判し合うことよりも、本音で交流したり、共感し合いたいのです。
今日も、心と心の交わりをしましょう。
あなたに会えて良かったです。あなたの存在に心から感謝します。
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