http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15985 (写真入り記事)
小学生の高学年頃から、車を運転することに憧れていました。
出前牧師の出張で、地方に出かけていくと、大好きな車にたくさん乗れます。夢が叶って感謝しています。
小学生の当時、近くのTOYOTAや日産のディーラーに足繁く通っては、お店の人に車のことを熱心に質問し、帰りは抱えきれないほどのパンフレットをもらって帰ってきました。
「坊や、大きくなったら車を買ってね!」と、随分可愛がってもらいました。
自宅近くに、都議会議員が住んでいました。選挙期間になると、宣伝カーに乗せてもらっていました。今思うと、選挙の応援していたのではなく、車に乗せてもらいたかったから同乗させてもらっていたと思います。
両親は車も免許も持っていなかったので、私にとって、車はとても珍しいものでした。
自転車に乗る時、車を運転しているつもりで乗っていました。さすがに、口で、「ブルーン、ブルルルーン!」なんていうような排気音のマネはしませんでしたが、恐いもの知らずでした。大きな事故に合わずに守られたことを神様に感謝いたします。
「主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。」(詩篇121篇5節)
しかし、特に忘れられない2つの経験があります。何度もうなされて、夜も眠れなかったこともありました。
1つ目は、小学校三年生の時に、遮断機のない踏切で、警報器が鳴り出してしばらくしてから渡り、あと3mで電車にひかれそうだった経験。本当に危機一髪でした。
2つ目は、18歳の頃のことですが、すぐ隣を走っていたバイクが、私に対して強烈なライバル心をむき出しにしていました。私も負けたくありませんでした。突然、目の前を右折車が曲がってきました。隣のバイクは右折車の脇腹に突っ込み、即死してしまいました。
生と死は紙一重ですね。あの時、死んでいてもおかしくありませんでした。神様が守って下さったに違いないと思います。守られたのは、何らかの使命があると信じています。
その経験を思い出すたびに、安全運転の誓いを新たにしています。
元々、スピード狂の私が安全運転するために取った苦肉の策は、わざとスピードの出ない乗り物を選んで乗って来ました。いつも「安全運転をしなくちゃ!」と自分に言い聞かせています。
安全運転のためにしていることは、
� ̄薪樵阿皹薪消罎眇斥佑砲�祈りする
�∈念�を想定して、それに対処できるように運転する
��自分の実力の20〜30%で運転する
�ご躙韻世隼廚┐蓮∪砲靴澆覆�クラクションを使う
�ド埖�の事態に対処できるように、リラックスしながら運転する
�Δい弔盂擇靴た瓦捻薪召垢襪海箸鮨瓦�ける
�Ц�栄を張ったり、競争することを慎み、マイペースを保つ
みなさんも、みなさんなりに安全運転の仕方があると思います。何かひと工夫されていることがあったら教えてください。
命は一つです。今日も安全運転をお願いします。
歩行者も、自転車も、車もバイクのみなさんも、被害者にも加害者にもなりませんようにお祈りいたします。
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