http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15979 (写真入り記事)
今朝も、すっかり秋を感じる雨の朝を迎えました。軽井沢にでもいると来たように感じます。
清流のせせらぎを聞きながら、小さなおそば屋さんで食べるざるそばは格別です。夏でも冬でも、そばは冷やしを食べます。
自宅近くで、お昼の外食の時に、時々食べにいくそば屋があります。
まず安いのに味がいいのです。店主に聞くと、仕入れ可能なすべての製麺屋さんのうどんとそばを自分の舌で味わって、心底納得できるものを使っているそうです。麺つゆも相当こだわっているそうです。
私の「出前牧師」の称号の由来は、高校生時代に、そば屋の出前の仕事をしていたところからきています。当時、毎日のようにそばを食べても飽きることなく、店で余ったら、持ち帰って自宅でもゆでて食べたほどのそば好きの私が納得できる味なのです。
さらに気配りがすごいです。いくたびにこちらが恐縮してしまうくらい、細かい気配りとサービス。私はいつもスペシャル・メニューを頼みますが、細部まで覚えていてくれて、嫌な顔一つしないこのそば屋の店主にプロの心を感じます。
こういう心を持った人になりたいなーと思わせられます。
二十歳の時、牧師になる訓練と教育を受けるために神学校に入学しました。若い私には、その訓練が厳しく感じたものですが、牧師となって今、本当に大切なことを教えて頂いて感謝しています。
神学校で学んだことは、「プロの牧師になる」ことです。牧師にアマチュアやプロフェッショナルがいるかどうかわかりませんが、心構えのことだと思います。
27歳の時に伝道師となり、30歳で牧師となりました。若い頃の私は、怖いもの知らずで、一直線だったことを思い出します。その時は、それで良かったと思いますが、段々必要になって来たことは、自分のスタンスをしっかり持つことです。
「できること」と「できないこと」の区分。「牧師として超えてはいけない一線」。「ここまでは妥協できるけれど、ここからは妥協できない」という線引きです。
なぜならば、どう判断したらいいか悩み、困るようなできごとがよく起こるからです。難しい判断を迫られた時にも、素早く決断し、対応することができます。また、そば屋の店主のように、納得できないことはやらないことに決めています。
あとは、すべてのことに愛をこめてやること、体を張り、命をかけることです。
口で話し、文章で書けても、それを実践し続けることは難しいことです。
そのために、毎日聖書を読み、祈ることで、神の聖霊に満たされることが鍵だと思います。
みなさんは、あなたの職業や立場、人生においてプロを目指していますか?
私は、「No.1よりOnly 1を目指しましょう!」と、繰り返して語って来ました。人と比べるのではなく、自分を生きることに徹してほしいからです。
しかし、もしあなたが学校の先生ならば、日本一の学校の教師を目指して下さい。もしあなたがタクシーの運転手ならば、日本一のタクシードライバーを目指して下さい。もしあなたが主婦ならば、日本一の主婦を目指して下さい。
「愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである」(コリント人への手紙第一15:28)、と聖書には書かれています。
誰にも知られていなくてもいいのです。人と比較して、劣等感や優越感に浸ることなく、与えられた使命、仕事、職務に忠実であり、より良くできるように日々精進しながら、愛をこめて、体を張り、命をかけることです。
あなたが、「佐藤一夫」さんならば、「日本一の佐藤一夫」に。あなたが、「鈴木一子」さんなら、「日本一の鈴木一子」になって下さい。それがプロの心です。
そんな生き方があなたを最高に輝かせ、より良い日本にしていくのです。
今日も良い一日でありますように。祝福を祈ります。
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