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2015年08月17日04:51

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グレートイヤー と 歳差運動 プラトンの2000年周期説

グレートイヤー と 歳差運動
http://chilledvodka.blog.fc2.com/

この際、今迄での常識、定説、成功体験、肩書、学歴など通じない時代が始まっているを知って欲しいと思うが如何だろうか?http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=8712738&id=1941906811グレートイヤー と 歳差運動 プラトンの2000年周期説http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945180706&owner_id=8712738 パラダイムシフトした。

 為に今迄の常識、定説、成功体験、肩書、学歴など通じない時代が始まっているのです。

GREAT YEAR

Precession of the Equinox
歳差運動
The Ancient Truth Behind Celestial Motion
天体的な運動の背後の太古の真実
By Walter Cruttenden
ウォルター・クルッテンデン著
http://www.binaryresearchinstitute.org/bri/research/papers/AboutPrecession.pdf

ドイツの遺跡はストーンヘンジよりも古い:考古学者達は、ドイツ東部の州、サクソニー-アンハルトのゴセックの街の近くで、ヨーロッパ最古の天文学的な観測所かも知れないものを発見しました。その考古学的な発見は、つい3年ほど以前に、青銅器時代の初期の金のフォイルを装飾された、まだ解読されていない天文的な情報の刻まれたディスクが発見された、ネブラ村の近くの森から、たった25キロしか離れていない場所にあります。その遺跡は、約7,000年前のものと推定され、そして直径において75メートルと測量され、西ヨーロッパ全体を通して今、発見されている、140の類似した遺跡の中でも最も古く大規模であると考えられています。

何らかの太古の構造物、または天文学的な遺物が発見された、もしくは何らかの文明が、以前に考えられていたよりも、もっと古い、または遥かに先進的であったなどと言う公表無しで、週が過ぎる事は殆どありません。グラハム・ハンコック、ロバート・デュヴァル、ジョン・アンソニー・ウエスト、そしてその他の多くの最先端の研究者達が、歴史の直線的な進行に当てはまらないあらゆるものをフィルターした、長年の学術的な偏見を今、正しています。私達はスフィンクスやその他の巨石的な構造物が恐らく、私達が最初に考えたよりも遥かに古く、そしてそれらは殆ど常に鍵的で天文学的な座標に配列されている、または天界のパターンを反映している事を学んでいます。それらの物事の幾らかはずいぶん前から気付かれていましたが、学者達は、彼等の同僚の意見からかけ離れる事を敬遠してきました。

世界中において、数々の高度に発達した文明が存在していた事実は、少なくとも考えている一般人の中で、徐々に受け入れられ始めています。結果として、どれだけ多くを古代人達が知っていたのか、彼等の文化はどれだけ広く広がっていたのか、そしてどれだけ昔まで彼等の知識は遡るのかを、正確に把握するために多大な努力が成されています。海中考古学、改善された科学技術、そしてインターネット上で素早く通信し、あまり知られていないデータにアクセスする能力は、この同時発生的で協力的な行程を援助しています。

その証拠が蓄積する際に、その他の大きな問いが尋ねられています:その太古の知識の源泉は何なのだろう?それは早期のエジプトや巨石文明よりも昔の、もしかしたらアトランティスやレムリアの様な、大昔に失われたとされる文明から枝分かれしたのだろうか?または、その他の人が主張するかも知れない様に:人は本当に進化のゆっくりとした通り道の上の狩猟-採取生活だったのが、突然の、高度に先進的な宇宙人の種族との接触によって進歩させられたのだろうか?もしくは、何故、私達が原始的な人は、それ程原始的では無かったと発見するのには、もう一つの答えがあるのでしょうか?

近年に成って私達が発見したのは:シュメール人達が脳手術を行っていた事、エジプト人達が義手/義足を使っていて、そして現代でも真似する事の出来ない構造物を技術開発した事で、太古の南米の先住民達が、モルタルを必要とさえしない精密性で巨大な石の構造を建てた事で、知られていない民族が、上空から観られた時にだけ意味を成すパターンを地上に刻んだ事で、太古のヨーロッパ人達が、巨石的な構造と天文学的な観測所を、イングランド、フランス、ドイツ、アイルランドに造った事で、そして世界中から、更にもっと発見され続けている事です。それらの文化の全ては、月と太陽の周期と同時に、星の運動の深遠な知識を持っていた様です。更に加えて、ハムレットの水車の背後の、2人の素晴らしい学者達、MIT のジョージオ・サンティラーナとフランクフルト大学のヘルタ・ヴォン・デチンドから、殆ど全ての太古の文化の神話や昔話は、「歳差運動」の広く、実際に統一的な知識を持っていた示唆をする事を知っています。

歳差

何故、歳差なのでしょうか?太古の世界の一番の神話に成った、ゾディアックの星座を通った歳差運動のゆっくりとした後ろ向き(後進)の運動について、何がそれ程重要なのでしょう?

歳差運動は、それによって(昼夜の長さが均等な)春分/秋分の日に太陽が異なった星座の中で昇り、年毎に約50アーク秒変化する現象です。その率では、太古のゾディアックの全ての12の星座を通って「歳差」(後進)を1周するのに、26,000年程かかります。過去2000年間、魚座の中を移動していた春分点は、今、水瓶座の時代の「夜明け」にあり、それが意味するのは、それが水瓶座の中で昇り始めた事で、その星座を完全に通り越し次の星座に入るまで、更なる約2000年間、其処で昇ります、等々です。地上のあらゆる固定された地点から、太陽の周りの地球の公転のために、私達は1日毎に、星々が約4分程、位置をシフトする事に気付きます。これは歳差ではありませんが、それは夜から夜に、または月から月に気付く事が簡単な、類似した、観測される運動です。歳差は、しかしながら、とてもゆっくりと、72年毎に約1度、後進するので、この微妙な天文的な現象に気付くには、とても我慢強い観測が必要です。その大きな固定化された石と共に巨石的な構造物は、年から年に、この星々のゆっくりとした運動を観測するための理想的で有利な地点で、そして太古の文化は確かに、それらの「観測」の構造物の多くを有していました。そうは言っても、歳差が実際に星座を通って後進していると確かに成るために、十分に大きな運動が起こっていると気付くためには、何世代にも渡る慎重な記録の保存が必要に成ります。ある人達は、歳差と天界についての神話や昔話の全てのための唯一の理由は、古代人達がテレビを持っておらず、彼等の時間を星々について語りながら過ごさなければならなかったからだと言います。この説明は、地元の農夫達が種を植える時期を知るために、知られていない科学技術を使い、何百マイルもの距離を超えて、実質的に動かす事の出来ない巨石を移動させ、ストーンヘンジを造ったと言う説明と同様に空っぽです!これ等の推測は、太古の文化についての私達の制限された知識と、そして私達の以前に生きた人達は「原始的」であったはずだと言う偏見/先入観を唯一露出します。

幸運にも、私達は東洋の天文学から、そして神話自体の慎重な研究から、太古の世界の先進した文化にとって、何故、歳差運動がそれ程、生命に拘わる程、重要であったのかを学びます。つまり:丁度、地球の地軸上の日常的な回転が昼夜の原因に成り、集団的な規模で目覚めと眠りの状態を産出した、意識の上に劇的な効果を有した様に、そして丁度、地球の太陽の周りの1年の運動(公転)において、植物が芽吹き、開花し、実を実らせ、そして枯れる様に、そしてその他全ての種類の生命が生まれ、冬眠し、南に渡り、またはその振る舞いを変化させる様に、その歳差の周期における地球のゆっくりとした運動もまた、文明の実際の派生と衰退に間接的に原因しています。この知識、またはその伝説のはっきりとした理解さえも、何千年もの間、失われていましたが、それは今、再発見されて来ています。歳差運動の間接的な結果として、文明が派生し衰退すると言うのがもし本当なら、人が原始的な狩猟-採取生活だったと推定される時代に、何故、私達が先進的な文化の証拠を見つけるのかの、オルタナティヴな説明に成るかも知れません。また、それは太古の歳差への関心を説明するかも知れず:それは、少なくとも長い期間の規模において、彼等にとって「今何時?と、天気はどう?(i.e. 日常的な事)」の題目だったのかも知れません。

ユーガ・サイクル、またはグレート・イヤー

プラトンとギリシャ人達はこの周期的な歳差運動を、早期の中国人達がそうした様に、「グレート・イヤー」と呼びました。ヴィーダ的なインド人達はそれをユーガ・サイクルと呼びました。これらの太古の文化は、丁度、全ての生命を効果した季節的な1年を地球が有する様に、グレート・イヤーの種の年も有し、暗黒時代から文明開化の時代へ、そしてまた再び暗黒時代への変格を地球が経験する、とても長い期間があると説明しました。丁度、1日と1年に光の上昇と下降の段階がある様に、古代人達は大いなる歳差の1年を2つの部分へと分けました:12,000年の上昇と、12,000年の下降(物事が改善している時と、物事が悪化している時)で、そしてそれらのそれぞれを4つの部分に分け、それらをギリシャ人達は、鉄、青銅、銀、そして黄金の時代と呼びました。それらの時代のそれぞれは、四季の様な特定の特徴を持つと言われますが、季節は物理的な効果として、より気付き易く、そして(私達が考えるに)人の意識に唯一間接的に影響し、それらの時代は人の意識に深遠な効果を持ち、そして地球上の人の発達の状態に間接的に影響すると言われます。例えば、黄金時代、または文明開化の逸話は、より高い時代、またはユーガの「夏」に言及します。

ヴィーダ的な文化は、恐らくその他のどれよりもこの周期について詳しく説明し、そして彼等はそれを細かい詳細へと分け、より高い時代における人の信じがたい力と、彼等がカリ・ユーガと呼んだ最も暗い時代に存在するみじめさと混沌を描写しました。残念ながら、世界規模の暗黒時代と一致する前回のカリ・ユーガの間に、ユーガを計算する方法が不透明に成りました。故に1つの上昇、または下降、マハブハラタの中で正しく12,000年と言及された時代が、360によって掛け算され、歳差の周期、または考古学的な記録への、相関性の全てを失った膨大な時間の期間に結果しました。暗黒時代とはその様な道です!

天文的な原因

グレート・イヤーは、丁度、昼夜と太陽的な1年の季節を推進する2つの運動と同様に本当の天文的な運動によって推進されていると言われました。これらの最初の2つの運動は;地球の自転と、地球の太陽の周りの公転で、地球上の殆どの自然的なサイクルの原因で、そして私達の日々と年間の時間のシステムの土台です。ですが大いなる歳差的1年は、あらゆる時間のシステムに、もう同一されておらず、そしてその人類に対するゆっくりとした影響はもう論議されていません。故にグレート・イヤーは、太古の世界における論議の1番の話題から、殆ど完全な忘却へと、忘れ去られました。もし誰かが、神「カリ」であるなら、そして本当に大いなる暗黒時代の原因を欲するなら、時間と地球の基本的な運動の知識を不透明にする以上に上手い方法は無く - そしてこれが正にその起こった事です。

暗黒時代において、人は、地球が自転していて、太陽の周りを公転していると言う知識を失いました。サモスのアリスタルクス、アルキメデス、そしてその他の古代人達は、私達の太陽中心のシステムについて知っていて、記述もしましたが、人は何故かこれを忘れ、そして地球は「平ら」で、「太陽が地球の周りを回る」と考えました。この状態は、ルネッサンスとして今知られている、上昇している「春」の時代の始めにおいてコペルニクスによって古い知識が再発見されるまで、殆ど二千年以上(地球上の統合されたカリ時代の長さ)続きました。

コペルニクスが地球の最初の2つの運動を正しく解釈した時、彼は太古の文献を調べたと認めています。残念ながら、彼は、第3の運動の情報へのアクセスは得られませんでしたが、それでも彼は、歳差運動を説明する必要がありました。成り行きとして、この不透明な題材を説明するために、彼は地球がグラグラする、または、ひょう動を経験しているはずだと述べました。これが、(地軸の極が、私達の観点から見ると、星々の中に楕円形を描くので)地球からの明らかな運動を正しく説明する間、それはこの明らかな運動の原因を説明しません。ですからその後、ニュートンが現れ、もし地軸ががたつくなら、それは彼の新たに発見された重力の法則のためで、恐らく太陽と月が、楕円の地球を引っ張り合っているためだろうと言いました。事実を言うと、これ等の運動のための彼の方程式は、1度もきちんと働かず、それ以来、継続的に変更されましたが、それは別の話しです。

連星運動

1894年に、インドの偉大な賢者、スワミ・スリ・ユクテスワルは、科学的な本を書き、時代の上昇(進歩)と下降(退化)を説明し、そしてこの現象の原因と歳差運動を、私達の太陽の連星運動に起因させました。「私達は東洋(インド)の天文学から、月はそれらのそれぞれの惑星の周りを公転し、そしてそれぞれの惑星は、それらの地軸上で自転し、それらのそれぞれの月と共に、太陽の周りを公転し、そして太陽は、ある星(恒星)をその対とし、その周りを約24,000年の期間で周り、歳差の後進的な運動の原因に成ります、」と彼は述べました。興味深い事に、この明言は、(現在は連星システムとして知られている)「珍しいダブル恒星」の知識が殆ど無く、そしてブラウン・ドゥオルフ(茶色の小星)やブラック・ホールの幾らかは、見る事が殆ど不可能、またはとても難しいと言う知識が知られる以前に成されました。最新の NASA の資料によると、膨大な数の恒星は探知不可能で、そして眼に見える恒星の全ての内、約80%は、連星、または複数の恒星のシステムの一部であると、今、考えられています。ですから、私達の太陽が、連星システムの一部である可能性はどれ程でしょう?

殆どの科学者達は、もし私達が連星システムの中にいるなら、私達は既にそれを知っているでしょうと、貴方に伝えるでしょう。しかしながら、もし軌道の期間(太陽の公転)が十分に長ければ、またはもしそのコンパニオン(対の恒星)があまり眩しく無ければ、もしくは幾らかの人達によって提案された様に、もし重力が太陽系の外では、少々、異なって機能しているなら、すると、私達の太陽が、対の恒星を有している事を、私達が知らないのはとても可能です。そして歳差について、もし私達の太陽が連星システムの一部なら、私達の太陽が行うであろう、空間(宇宙)を通ったカーブした運動がその結果(歳差運動)である事は可能では無いでしょうか?この問いは、歳差が厳密に、楕円形の地球上に機能している太陽と月の力(引力)だと教えられた人達の怒りを浮上させます。それ(ニュートンの理論)は極度に複雑で、実験室において証明する事も、モデルする事も出来ないのに、2、3年前までは挑戦されないままで、そして今現在、ある人達はそれが機能しないと主張します。

此処、連星研究所において、私達は太陽と月の多少の影響力は認めますが、歳差の現在の説明には原則的な間違いがあると認識し、それに対して連星のモデルは、太陽系の形成の理論における、長期的な問題の多くを解決すると考えます。例えば:地球は、(月やペルセイズ彗星の残骸の様な)太陽系内の物体と相対的に歳差せず、太陽系外の固定された恒星には相対的に歳差する事が発見されました。もし歳差が、連星運動以外の何かに原因されているなら、これを説明するのはとても難しいです。また、連星運動は太陽系内の角度的な推進力の不均一な分配と共に、簡単に問題を解く様で、そしてそれは、非ランダムで長期的な周期の彗星の通り道と、キューパー・ベルトの真っ直ぐなエッジのために理論的な理由を供給します。

その他の非伝統的な科学者達もまた、同様な結論に辿り着いています。カナダのホーマン達は、此処数年、現在の月と太陽の影響による歳差の説明は機能しないと主張し続け、そして(月-太陽の理論が必要とする)地球のあらゆる回転は、時間と運動の等価性の測定に現れないと言う説得的な主張を行います。そしてイタリアのカルロ・サタガータは、流動学者のアプローチを取り、知られている相対的な効果を説明する事にさえ、現在の歳差の理論はみじめにも失敗すると証明しました。まとめると、月-太陽の理論は、最後の審判が与えられたようで、その間、連星理論はとても有望です。

最も最近に成って、実質的に全ての軌道がそうである様に、連星の軌道が、やや楕円形であるかを証明するために、ケプラーの法則が連星運動に応用されると、歳差はすると今、(上昇と下降の両方の段階を合わせて)25,770年の率で、もし西暦約500年に、2つの恒星の間のアポアプシス(距離において最も遠い地点)に届いていたとすると、平均、約24,000年になります。これは、歳差の平均が、ユーガの太古のヴィーダ的な解釈と完璧に同意します。(連星は距離が近づくと加速する。)

グレート・イヤーのための示唆

もし、連星理論が正しいなら、世界中からのグレート・イヤーの神話や昔話に、光を当てるのに大きく貢献するでしょう。それらの神話の多くは、地球上の環境の変化を、星座を通った太陽の運動と直接関係させます。ミトラ教的な神秘学派において、ミトラが「太陽を動かし歳差の原因に成った」とされるのは、良く知られています。楔形文字の第一人者の学者である、マイケル S. へイザーは、シュメール人達が、天体的な物体ニビルが、歳差を推進したと言ったとします。リチャード・トンプソンによると、「・・・ギリシャ人達は4つの時代の1つのセットが、大災害において終わったと信じました。北欧神話は、ラグナロクと呼ばれた神々の破壊は、創造の新鮮なサイクルに続かれたと教えました。中国人達は世界の破壊の間の間隔を「グレート・イヤー」と呼び、ホピ族は4つの世界を語り、そのうちの3つは破壊によって終わらされたとします。同様に、スー族の先住民達は、4つの連続的なユーガのそれぞれの期間に1本の足を失う、ヒンドゥーのダルマの牡牛との親密な平行を有します。」

彗星や隕石、地球の大きな運動、または可能な極のシフトの様な大規模な大災害が時折起こり、人間の歴史を切断してきたのには疑う余地がありません。そして恐らく、地球外生命体でさえ、地球上の生命に影響を与えてきたのでしょう。ですがそれらの何れも、何故、私達が、暗黒時代の前に、前進的に退化して行っていた文明を有し、または、ルネッサンスの始まりの以後、何故、知性と科学技術が一般的にスマートに進歩している様に見えるのかを説明しません。宇宙的な放射線、マイナスのイオン、異なった磁場、または光の特定のスペクトルの上昇、または下降によって影響される可能性のある、長い楕円形の旅の上で、地球を引き連れて宇宙を通る、私達の太陽の連星システムは、世界中の文化から現れ、私達の下に来る神話を説明するかも知れません。偶然にも、上述された意識への微妙な影響力の効果を証明する良い科学があり、そしてテストの点数と個人の振る舞いを劇的に変化させる事が出来ます。もし惑星全体が、数千年の単位で継続的に影響されていたら何が起こるかを想像してみて下さい。

失われた知識 - 新たな好機

ゆっくりとですが、確実に、失われた知識は復活させられて来ています。ローマ帝国時代の末期に、私達はアーチを造る能力を失いましたが、千年近く後に、それは戻って来ました。私達は歳差と地球の最初の2つの運動を計算する太古の知識を失いましたが、それらはその後、再発見されました。私達はギリシャの民主主義、人道主義、そして医療を失い、脳手術の行い方や義手/義足の使用を忘れましたが、それらは全て再発見されました。そして今、私達は、私達が古代人達よりも、遥かにもっと知っていると考えますが、私達の環境は苦しみ、そして私達の自然資源は枯渇させられ、私達は数多くの社会的な問題と共に、ストレスに満ちた社会に住んでいます。

もしグレート・イヤーが本当なら、恐らく私達は、地球との調和、そしてお互いとの調和において再び生きる仕方を再発見する手前なのかも知れません。科学とスピリット性が一緒に機能し、私達が天界を崇敬し、永続的な構造物だけを建て、もしそれらが地球と星々の運動と共に調和において配置された時、黄金時代がどの様なものであろうか、想像してみて下さい。シャーマン達や、聖者達や、賢者達や、ヨギ達や、そして聡明化された半神半人達は、想像された、より高度な時代の唯の作り話だったのでしょうか?もしくは、私や貴方の様な、人間のフル・ポテンシャルを開花させた人々が存在していたのでしょうか?

私達の太陽の連星運動と、その歳差運動との関連の知識は、次の大きな発見なのかも知れません。もしそれが証明されれば、それは最終的に、私達が本当は誰で、そして何であるか、そして更に重要な事に、私達が成れるポテンシャルは何かへと、私達を導くかも知れません。

時の上昇と下降
「上の如く、下もまた、」とヘルメスは述べました。恐らくもし私達が、私達の連星運動を証明すれば、私達がシュメール人達、エジプト人達、そして太古のアメリカ先住民達から受け継いだ日々の時間のシステムの重要性を理解出来るのかも知れません。彼等は、光の上昇(AM/午前)と下降(PM/午後)の2つの12時間と共に、24時間のシステムを私達に残しました。AM の時間の期間、頂点の地点(赤道における真昼)まで、フォトン(光子)の拡張的な量を地球は受け取り、その後 PM が増幅する暗闇をもたらします。これは単なる偶然なのか、もしくはそれぞれ12,000年の、上昇と下降のユーガの24,000年のサイクルのミクロコズム(小宇宙)なのでしょうか?これは今の処、歳差運動と GREAT YEAR の太古の知識の最善の証拠に成るかも知れず - そしてそれは、私達の腕時計の上に常にありました!
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