あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体
http://oka-jp.seesaa.net/article/316830139.html
▲ 「ラーの眼」(あるいはホルスの眼)と呼ばれる古代エジプトのシンボル。
古代エジプトの神「ホルス」の右目は太陽を、左目は月を象徴していたとか。
過去記事「2008年、なぜ世界中の海軍は海賊征伐の目的でアデン湾に向かったのか」より。
--
天の川銀河の星の「光」をナビとして使っていたフンコロガシ
昨日くらいに、「フンコロガシが銀河の光を道しるべにしていた」という科学報道があって、翻訳してご紹介しようと思っていたのですが、今朝になり日本語の報道でもいくつか目にしましたので、そちらのリンクを貼っておきます。
・フンコロガシ、天の川を道しるべにまっすぐ移動 研究
AFP 通信 2013.01.28
フンコロガシは天の川の光を頼りにまっすぐにふんを転がすという研究結果が、米科学誌カレント・バイオロジーに発表された。
南アフリカのウィットウォータースランド大学の生物学研究チームは、地元のプラネタリウムで夜の空を再現し、フンコロガシの行動を観察した。
その結果、脳は小さく、視力は弱いフンコロガシが、天の川の星々の光を頼りにまっすぐ進み、ふんを奪い合うライバルのいる場所に円を描いて戻らないように移動していることが分かった。
というものです。
海外では、天の川銀河の写真とフンコロガシを対比させた写真などを使った記事などがいくつかありました。
dun.jpg
▲ 米国の科学サイト Sci-News より。
どうして、このニュースに興味を持ったのかというと、これが「光の感知」に関しての話だったからです。
もっというと、個人的にはこの話は「松果体」に行き着きます。
今回のフンコロガシの話と松果体が直接関係あるということではないですけれど、「宇宙の光を追い求める地球の生物の器官」という意味でそこに行き着くというような感じです。
光の「松果体と光の関係」に興味を持ったのは、2年ほど前、米国の大学の日本人科学者が、「目を持たない魚が松果体で光を見ていることを突き止めた」という記事を書いた時でした。
しかも、曖昧に光を感知しているのではなく、この魚たちは「光を直接感じとっている」のです。
つまり、「松果体で直接光を見ている」という意味のことで、かなり衝撃的な発表だったと今でも思います。
記事は、クレアの「ペアである自分(2) 宇宙の場所」に載せたものです。
少し抜粋しておきます。
Blind Fish Sees With the Pineal Gland
目を持たない魚たちは松果体で見ていた
mexico-fish.jpg
メキシコの淡水に住む熱帯淡水魚には2つの種族に属するものがいる。
ひとつは、陸地の川に住んでいる目を持つ種類。もうひとつは、洞窟の中に住んでいるもので、こちらの種類は目を持たない。
この目のないメキシコの淡水魚は、眼原基(目の前段階のもの)自体は、胚として成長するが、その眼原基は幼生の時にウロコで覆われることにより退化してしまうために、器官としての目にはならない。
そのため、彼らは目を持っていない。
これまで、目を持たないこの魚は光を感じ取ることはできないと思われてきたが、メリーランド大学の研究者たちが2008年に「ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・バイオロジー」紙に発表した研究論文によれば、「別の方法で見ている」ことが明らかとなった。
この魚の目は機能していないが、脳の中央近くにある松ぼっくりの形をした内分泌腺の「松果体」で光を検出していることがわかったのだ。
松果体は皮膚の奥深くにある器官であるにも関わらず、この器官で光を感知できているという。
この松果体は、いくつかの脊椎動物では「第3の目」としての器官として知られているという。
記事は、以下、実験の具体的な方法が記されている部分ですので、割愛しました。
ここに出てくる「松果体」。
人間では下の位置にあります。
▲ 松果体は、医学的な意味では、メラトニンというホルモンを作り出すことに関与していること以外の役割はほとんど不明です。
上に出てくるメキシコのない魚では、「想像上」ではなく、「現実としての光」を松果体で見ていることがわかったのですが、この報道で私が思ったのは、「・・・ということは、松果体を持つほぼすべての動物は本来、このメキシコの魚と同じ能力を潜在的に持っているのだろうなあ」ということでした。
なぜなら、脊椎動物というのは、大体において、「器官の役割は似たようなもの」だからです。
通常の地上に住んでいる多くの脊椎動物は、人間も含めて、目や耳や口の役割は、基本的な機能としては同じような感じだと思います。
もちろん、わかっていない動物たちの機能は多くあるわけですけれど、共通している部分が多いことも事実です。
「目」に関しては、地中深くなど暗闇にすむもので、目で光を感知できない場所で生きているような動物の多くは、「目」ではなく「松果体」で光を捕らえているのだと思いますが、実はそれは「目の代用ではないかもしれない」ことも、上の実験でわかっているのです。
つまり、「目がないから、代わりに、松果体が発達したのではない」ようなのです。
というより、「光の探知に関しては目より松果体のほうが役割が大きい」ことが上のメキシコの魚の実験でわかっています。
上の実験では、実はその後、目や松果体を取り除いたりする、やや残酷な実験となっていくのですが、その結果は驚くべきものでした。
両眼を取り除かれた陸地の魚と洞窟の魚は両方が従来と同様の振舞いを示したが、松果体が取り除かれた魚では、約10パーセントの魚しか影への反応をしなかった。
つまり、目がある魚も、主に松果体を使って光を見ていた、ということがわかったわけです。
普通に考えると、「目がある」と「目がない」というのは表面的な大きな違いに見えますが、少なくとも上のメキシコの魚に関しては、光を探知する機能としては、「ほとんど違いはない」ということがわかったのです。
Sponsored Link
ログインしてコメントを確認・投稿する