http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15950 (写真入り記事)
今日は、朝から田無と東久留米に用事がありましたので、バイクで行って帰ってきました。
友人が遊びに来ることになっていました。待ち合わせは午前11時ですが、帰って来た時点ですでに11時を過ぎていました。さらに、シャワーを浴びてから待ち合わせ場所に行ったので、少し遅れて行きました。
友人は、私を待ちながら、昨晩の私の「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【129】」を読みながら、「これはひどい!」と心の中で何度も思ったそうです。場所がレストランなので、声を上げたら独り言になりますからね。
聞かせてほしいというので、お金を持ってないのにレストランに来て、肉に焦げ目がついているといっていちゃもんをつけて、大騒ぎした人の話からはじまりました。
しばらくすると、妻と教会員の女性が同じレストランに現れました。教会から最寄りのレストランとは言え、偶然でびっくりしましました。約束して、面談の時間を持ったようです。
友人と私は、牛のヒレステーキとチキンのステーキを半分半分にしてシェアして食べました。あんまりおいしくて、感動しました。
しばらくすると、隣の席に、すごく圧迫するような雰囲気を持った若い男性が座りました。今まで自由な雰囲気の中で会話が弾んでいたのに、友人がいきなり無口になりました。私も静かになりました。
理由はよくわかりませんが、ずっと私たちの会話を威圧的な顔をしながら聞いているようなので、会話が弾まなくなりました。
話題を切り替えました。
証(=神様がして下さった良いことを発表する)をしたり、聖書の話をしました。まるで、教会の集会のようでした。隣からの圧迫感をよそに、一番大切なことを知ってもらおうと思って、�/澄´∈瓠´5澆い砲弔い童譴蠅泙靴拭�
次第に楽しくなり、隣の人が気にならなくなりました。
少し盛り上がりかけていましたが、友人が、「そろそろ行きましょう!?」というので、「そうだね!」と言って席を離れました。
二人でレジの前で精算していると、視線を感じるので振り向くと、びっくりしました。隣に座っていた人が、ジーッと私たちが支払いをしている姿を見ていました。
帰り道、二人で歩きながら、「なぜか肩こったね!」と言い合いました。
人間は霊的存在です。
私たち人間は霊であり、魂(=知・情・意)を持ち、体の中に住んでいます。
その人が語る言葉以上に、その人が放つ霊的な雰囲気がその人自身を雄弁に語ることがあります。
一緒に居て楽しくなったり、気持ちがよくなる人は、多くの場合、こちらに対して好意を持ち、尊敬していたり、愛情を持っているものです。
しかし、一緒にいて圧迫感を感じ、嫌な気分になり、疲れてしまう人は、こちらに対して敵意を持ち、蔑んだり、嫌ったり、「こいつ居なければいいのに!」と思っているものです。
一生傍に居る訳ではないけれど、圧迫感を持った人と一緒にいると疲れてしまうものです。
そのような人と遭遇したら、その人のために祝福を祈ります。
「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」(マタイの福音書5:43〜44)
そうすると、相手がいくらこちらに悪い感情を持っていたとしても、こちらも悪い感情を持つのではなく、心が変わります。愛し、受け入れ、許し、好意を抱くようになります。そうすると、相手の感情も変わることがあります。
人は霊的存在なので、以心伝心、言葉を交わしていないのに、心から心に直接思いが通じることがあるものです。
以前、歌手の松田聖子が、「ビビビ」と感じて、体に電気が走ったようになり、それだけで、30歳の歯科医と結婚を決めてしまったことがありますが、雰囲気を通して、お互いに気持ちが通じ合ったのでしょう。
友人とレストランを出た後、教会に会場を移して、楽しいひと時を過ごしました。
夕方まで会話に花が咲き、バイクで二人乗りをして高田馬場につけ麺を食べに行きました。風が気持ちよかったです。
夜は、70〜90年代の歌謡曲を私がギターで伴奏をし、二人で歌いました。生オケを楽しみました。
今日は、朝一番に仕事も終わり、友人との楽しい時間を過ごすことができて、とても有意義でした。
友達っていいもんですね。
私は、ネットで関わっている人みんなを友達と思っています。会ったその日に友達になることもあります。しかし、お互いに時間を割き、時間を共に過ごすことで友情は深まっていくと思います。
まだ会ったことがないネットの友達も、いつかお会いしましょう。
良いお盆休み、良い花の金曜日をお過ごし下さい。
また明日お会いしましょう!
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