民主主義を求めて ３４． 政治学者 丸山眞男 （レジュメ仕様・≪ ≫私による注・書き込み「 」私による付記あり）
「現代政治の思想と行動」 丸山眞雄 未来社（新装第八刷より）
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このような文明の崩壊を前にして人々は再び、嘗てローマ帝国の末期に於いてと同じように、人類を敗北意識より救い、モラルを再建し、未来に積極的に直面する気力を吹き込むところの新しき価値体系を喘ぎ求めている。
それならば、かかる新しき信仰の源泉はどこに見出されるべきであるか。
−ナショナリズム− それは現在なお人間のパッションに強い吸収力を持っているが、それが今日科学技術上の進歩と矛盾しない領域は精々文化的領域だけで（ラスキは国民的文化の多様性を承認する）、ナショナリズムが鼓吹する★愛国的感情は外には戦争への脅威をもたらし、内には個人の人格を圧殺する危険を伴うからこれは適当ではない。
−歴史的宗教− 歴史的宗教が過去に於いて人間精神を甦生せしめ野蛮より文明への指導力となったことは疑い得ないが、果たして今日の科学的要請に適合し、かつ個人の魂の救済だけではなく、現代文明の集団的要求を満足させることが、超自然的な信仰の再生によって可能であろうかーと、ラスキは疑うのである。
キリスト教はラスキによっても一度「人間精神の再生」の役割を営んだことが承認されているだけに、キリスト教かコミュニズムかという現代最大の対決はここで微細にわたって論じられる。
ラスキに依れば、ローマ末期の厳しい貧富の階級的対立の最中に勃興したキリスト教は、貧しき者、賎しき者に対し、現世に対する来世の優位を説き、しかも富者が容易に得られない来世の救済を貧者に約束することによって、その経済的世界に於ける苦悩を和らげると共に、富者に対しては救済への道として慈善を勧めつつ能う限り社会的対立を調和しようとした。
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そうした態度は決して責められるべきでは無く、むしろ文明の経過すべき必然の条件であった。けだしそれは、未だ自然に対する人間のコントロールが低位で、大衆にとっての貧困が不可避だった時代に於いて必要な社会的機能を営んだのである。
しかしやがて宗教改革以後、生産力が飛躍的に増大し新しい生産方法が拡大するに及んで事情が一変し、★人々の関心と努力は救済の問題を去って世俗化し、新たなる富の獲得に集中した。
教会はやがて勃興した民族国家と同盟を結ぶことによって、その防具と化し、特にフランス革命以後の社会的問題の急激な台頭、近代科学の発展による神学上の前提の動揺等の諸事情は無産大衆をして益々教会から離れさせた。
……、何と言ってもキリスト教の主たる関心はー彼岸に於ける魂の救済ーにあるので、社会問題を本格的に取扱い「我々が確信を持って語りうる唯一の生活ーー★すなわち現世ーーに於ける個人的じがの実現」を目指す社会主義の勃興に席を譲らざるを得なかった。
大略、ラスキはこのようにキリスト教の社会的推移を描いている。
……近代価値の崩壊を宗教改革に求め、カトリック自然法の中に時代再建の指針を見出すクリストファー・ドーソンの見解を詳細に反駁している処は興味深く、ラスキのバチカンに対する見解はすこぶる厳しい。
さて、かくの如く文明を再建すべき価値体系がボルシェビズム以外の処に求められないことが≪ラスキの前に≫明らかになった。
然らばボルシェビズムの基本原理が積極的に新しき信仰の要件を満たすものであり得るかということでなければならぬ。ここでラスキはロシア革命の歴史的意義を力説する。
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……概ね常識的≪見解≫…。★�〕�潤獲得の動機の普遍性・不動性を初めて覆したこと、��肉体労働に対する蔑視を初めて完全に廃棄したこと、��人間による人間の搾取が進歩の原動力なる事を否定したこと、 �ぢ臀阿肇┘蝓璽函�の結合を組織化したこと、�ジ朕様�益が同時に社会福祉であるような体制を初めて創造したこと、�Φ臻海料反ゲ修砲茲觚朕様�益の追及を不可能にしたこと、等々である。
かくてソビエト体制は他のいかなる体制よりも広く深い範囲に於いて一般庶民の人格的解放に成功した。
ラスキがとくに重視するのは、そうした制度的改変それ自体よりも、★ロシア革命のエトスがその国民に与えた精神的更正である。
「ロシア革命のインスピレーションは老いも若きも、男と女も、ただに政治的権力者のみならず、名も無き民も百貨店の事務員も街の清掃夫も、いなボルシェビキの偉大な実験が示しているように、刑務所の囚人にも、あまねく浸透した。彼らはそれぞれがいかに小さな部署に於いてなりも、偉大な世界的使命に貢献しつつあるという歓びと確信の内に生活したのである」
★このようなエトスこそ嘗てのキリスト教の如く人類的救済への新しい希望を与え、文明の神経中枢を蘇生せしめ、現代文化の頽廃と崩壊を更新する。
キリスト教とボルシェビズムに於けるエトスの果たす歴史的役割の共通性からしてこの両者を巡る社会心理の驚くべき類似が生じるのである。
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「イエスの教えと共産党宣言の理論の両方とも、利潤獲得社会に於いて、家族が男女を結ぶ絆となるかわりに、逆にその傷害をなす危険性を強調している点で一致しているのは、決して偶然ではないと思う。けだし、ユダヤ人とギリシャ人の別なく、奴隷と自由人の別なしという事が、福音書と社会主義に共通した中核的信仰だからである」≪「解放の神学」再読要！≫
「革命への信仰は、その信徒に対してあたかもキリスト教がその最初の信者に及ぼしたと同様な一種の魔術的な掌握力を持っている」
「その鼓吹者達は、初期のキリスト教徒が恰度≪あたかも≫そうであったように、自分らの見解の正しさに同意できぬ人々に対して焦り立たせるような根深い道徳的優越意識を持っている。……、彼らはしばしば、自分ら同志の間のモラルと、自分らと信仰を共にし得ない人々に対するモラルとを、レベルを違えて使い分けるように見えるために、敵手の憤怒を招く。……、彼らが反対意見をば罪の、しかも危険な形態として取り扱う際の激情ぶりは、、初期のキリスト教文学に現れているのと似た処がある」゛
このような共通性はプラスの面だけでなく★指導者の残忍性とか、教義の一方的誇張とか、悪どさとかいったようなマイナスの面に於いても見出される。ラスキはロシア革命に於いて冒された過誤や愚行を十分に認める。また、レーニンの夢見た構想とソ連の実際の結果との間にギャップのあることも承認する。
しかしーーラスキは反問するーー★それはロシア革命に内在するエトスの正しさを少しも害うものではない。
キリスト教を信仰している者はキリスト教に於ける数々の汚点ーー宗教的迫害や教会の私利権勢の追及ーーを以て、★教義そのものの誤謬の証拠とは見ないではないか。
福音書の信仰と教会の実際の事業との間にもやはりギャップが有ったにも拘わらず、★異教よりキリスト教への移行が文明の更正を意味したことは否定されないではないか。
ラスキはロシア革命乃至ソ連の現実に対して凡そあらゆる批判を取り上げて、これに弁駁を加えている。
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……、永遠的価値のあるものは一つも生み出していない……、ロシアの実験のブルータルな無慈悲さ、ファシズムとボルシェビズムは一党独裁、言論思想の自由の否定、……。
それだけに根強い……批判に対する彼独特の豊富な歴史的知識を縦横に駆使して、そうした議論の一つ一つを覆していくのである。
とくに所謂プロレタリア独裁についてのアポロジーには、西欧的リベラリズムが骨髄まで染み渡っている英国人を相手として、ｓｗｅｅｐｉｎｇな断定を極力避け、周到な配慮の下に議論を進める態度が現れる。
さて著者は…ソビエト原理に対する燃えるような傾倒をを表明するのであるが、その世界的承認への道が安易なものであろうとは信じていない。
「新思想の承認ほど人間が執拗に拒むものはない。ましてやその思想が明々白々に彼らの社会的仕来りの ｄｒａｓｔｉｃ な変更を包含している場合は尚更である」
ギリシャ・ローマ文明社会は長い間、キリスト教の要請が、何人にも自明の優越性を持った古代価値を埋没させるものと思い込んでいた。
ギボンの如きを以ってして、その勝利を「バーバリズムと宗教の制覇」と誌しているのである。
英国の政治家が自由なるアメリカ合衆国、自由なるアイルランド、或は自由なる印度という観念に慣れるまでには、実に遅々とした苦悩の過程を経ねばならなかった。
まだ生まれて四分の一世紀にしかならぬ「ロシア的観念」が冷静な客観的討議の対象と成らずに、劇場と憤怒を呼び起こすのは怪しむに足りないのである。
★ さればこそ十月革命が片付くか片付かぬうちに、全世界の反動勢力は反革命を組織した。
ドイツ・イタリー・スペイン・ポーランド・ルーマニア・ユーゴスラビア・ギリシャ、何処に於いても、支配的特権層は西欧民主主義国家から一言のプロテストを受けることなく反動的独裁体制の樹立に成功した。
誰か英米に於いてその危険無しとする。
是等の国に於いて自由民主政が維持されているのは批判する自由（ｆｒｅｅｄｏｍ ｔｏ ｃｒｉｔｉｃｉｚｅ）が変革する自由（ｆｒｅｅｄｏｍ ｔｏ ｃｈａｎｇｅ）にまで発展することを何人も予期していないからに過ぎぬ。
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「この危険が水平線上に現れる気配なりとも見えたが最後、驚くべき迅速さを以て、ムッソリーニ・ヒットラー・フランコの同類が出現して、そうした自由に止めを刺すのである」
英国或はフランスで、社会主義者が大臣になっているというだけで、べつに何ら社会主義的立法が期待されるわけでもないのに、世界の株取引所に恐慌を起こすに充分ではないか。
ローズベルト大統領が、西欧民主主義国家では殆ど常識になっている程度の立法を議会を通じて推進しつつあった時に、ニューヨークのパーク大通りの驚愕たるや、大統領をモスコーのスターリンによって操られている謀略と手先と見かねまじき勢いであった。
こうした旧勢力が、ロシア革命を涜神と陰謀のこね合わせのように見ている態度は、ネロからディオクンチアヌスに至るまでのローマ帝国がキリスト教会遇した態度と酷似している。
かくしてラスキは断言する。
「敢えて真実を語るならば、我々の支配者はこれまでレーニンやスターリンのような人々よりは、フランコ乃至サラザールの徒と、むしろ馬が合っていたのである」
その証拠としてラスキは戦時宰相として今をときめくチャーチルを槍玉に上げている。
「もし私がイタリー人だったとしたら、私はレーニン主義の獣的な野望と激情に対する貴殿<Mムソリーニ>の輝かしい勝利の闘争に於いて終始一貫、満腔の熱情をもって協力したに違いない」と、言ったというのである。
チャーチル氏が後にムッソリーニを嫌うようになったのは」彼の反動性のためではなく、単にムッソリーニのエネルギーが英国の利益と反する方向を巡ったからにすぎぬ。
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他方、「ソ連が英国にとって戦略的に利用価値が有るようになったまさにその瞬間から、チャーチル氏はソ連との協調を必要かつ望ましきものと考えることが出来た。……"レーニン主義の獣的な野望と激情"は、いわば一夜にして消えたのである」
この大英帝国の番人の中に潜む反革命心情についてどこまでも追及の手をゆるめない……。先ごろ世界を騒がせたチャーチル氏の、反ソ英米同盟の提唱に接してラスキはそれ見たことかということであろう。
かくして著者は社会主義の前進途上に横たわる異常なる困難を十分に認識しつつも恰もキリスト教があらゆる迫害と世を挙げての侮蔑の只中から、一歩一歩成長を遂げて三世紀の後に遂に世界と人類の甦生を成就したと同様の役割を固く是に期待するのである。
何故と云うにその方向を措いて、戦後の世界が直面する問題を打開する道は見出されぬからである。（ラスキ・戦後米英ソの関係の展望を分析-その部分-現在の情勢と照らし合わせて頗る興味がある）≪※当時の楽観論≫
「我々の世代は約束された王国に入ることを恐らく敢えて期待しえぬであろう。我々はせめて我々の幼き者らの足をその国へ通づる道の上に置くように努める事を以て足れりとせねばならぬ。けだし、あの自由の日の来臨を到る処可能にする努力によってのみ、我々は一世代の間に二度も全世界の青年を死の危険へと召集する資格を自らに許容することが出来る。我々の後に来る者のために、我々の成し遂げることが、彼らに払わせた犠牲に対して、本当に釣り合うよう努力しこそ初めて、我々は歴史の法廷に於いて無罪の宣告を受けるのである」
ラスキは、かかる暗示多き言葉を以て、冒頭に述べた「青年の運命」と照応させながら、この野心的なエッセイを結んでいる。
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