久々に古典SFです。
「火の色は愉しかった」から始まるブラドベリーの不朽の名作ですねー
ってブラドベリーは読んだことないんだよねー
読みやすいといいな…
そもそも、SFはアシモフに嵌っただけで他は有名処以外あんまり読んだことないのよねー
いい機会ので読んでみようっと。
あらすじは
有害な情報が氾濫するのを防ぐため本の単純所持が禁止されている未来。
そこで人々は耳にはめ込んで聴く「海の貝ラジオ」や壁一面に囲まれた大型テレビによる個人向け放送で情報を得、娯楽とした。
主人公のモンターグは本の所持者の家に出向いて、その本を焼く「焚書官」の仕事をしていた。
市民からの通報があると駆けつけ、火炎放射器で本を焼き、ついでに家も焼く。
そんな仕事に疑問も持たずに黙々とこなしていたモンターグであったがクラリスという少女との出会いがモンターグを変えていく。
クラリスの一家は本を所持しているらしく、本の素晴らしさを説いてくるクラリス。
そんな少女に感化され、ついにモンターグは現場から本を持ち帰ってきてしまう。
妻と2人で読んでみるがいまいち良さがわからない。
妻は早々に飽きてテレビ室へと逃げ込むがモンターグは記された内容を読み解こうと努力する。
しかし、モンターグ自身も本を持ち帰った自分への強い疑問を感じて、いつか公園で出会った本を所持していた老人ファビアンの元へと走る。
最初は疑っていたファビアンだったがモンターグが聖書を持っていることで信じ、協力してこの社会をどうにかしようと画策する。
だがそんな企みも署長のビーティにはバレていた!
今度の現場は自分の家!
モンターグについていけない妻のリンダが密告していたのだ!
追い詰められたモンターグはビーティを火炎放射器で焼き殺し、機械シェパードの攻撃をどうにか退けて逃亡するのだった。
とこんな感じー
やっぱり読みにくかった…
旧約版で読んだせいもあるのかもだけど、とにかく1つの会話文が長い!
カギカッコの最初と最後で余裕で1ページ超えるんですけど…
もう、途中で何言ってるのかわからなくなること多数…
しかも、会話が多いのでかなり苦痛だった。
そして、思いのほか面白くない。
序盤から中盤にかけては只管暗くてダラダラと話が進んでいき、中盤に動きがあったかと思えば、盛り上がることなくフェイドアウト。
特に終盤のつまらなさは異常!
ビーティを焼き殺して逃走劇になったのには驚いたけど、そのあとがほんと頂けない。
合流したところで終わりならまだよかったのに…
劇中でずっと戦争してるんだけど、どことどこが戦っているのか?何のために戦っているのかといった情報がさっぱりなくて、唐突に始まって、敵にミサイル落として一瞬で終わりって言っておきながら、モンターグのいた近くにミサイルが落ちてきて、街がいくつか吹っ飛ぶとかさっぱりわからん。
てっきりアメリカ対どこかの国かと思ったけど、これって内乱だったの!?
じゃあ、何と戦っていたのかがやっぱりわからない…
終盤のヒッピーたちの頭の中に本を記憶してるよっていうのもわけわからん。
だったら、それを紙に書けばいいじゃん。
それは危険だと言ってるけど、1人が覚えてたって意味ないような…
最後のモンターグの決意の独白も結局何が言いたいのかさっぱりわからんし、なんなのこの終わり方…
あと機械シェパードに刺された毒はどうなったのか?
最初はスゴい痛そうだったのに、ファビアンの家に着いたらすっかりよくなってるし!
他にも機械シェパードの追跡能力がアルコール消毒で匂いが消えたり、川に入っただけで追跡できなくなったりとかなりショボいのもどうかと…
終盤の匂い消し薬とかご都合主義だし。
なんか、いろいろと突っ込みどころが多いんだよなー
それと1番問題なのはモンターグにまったく魅力がないこと。
こいつ、ブレまくりで主張に一貫性がないくせに、あっさりと殺人まで犯して、まったく罪の意識も感じていないのはどうなんだろう。
こいつのせいで2人死んでるし。
41点ぐらいかなー
ほんと、退屈な作品だった。
唯一良かったのは中盤の奥様連中をやり込めるところぐらいかなー
無駄に哲学的で、さりとてそれにちゃんとした意味があるのかもあのダラダラと長いだけの文章からは読み取ることは出来なかった…
あと思いのほかディストピアって感じでもなかったのが意外。
ディストピアものの代名詞のように語られるからもっとイヤな世界なのかと思いきや、それほどでもないし。
むしろ悪くはない感じ。
人間関係が希薄になっていたり、親子の関係がなくなったりしてるけど、それは現代でもすでにそうなりつつあるからなんとも。
ちなみにこのタイトルは紙が自然発火する温度なのは有名(というか冒頭に書いてある)だけど、日本で使われている温度の単位の摂氏に直すと約233度なんだねー
これは暑い! いや熱い!
紙って意外と簡単には燃えないのね。
あと、内容的に有川浩の「図書館戦争」のモデルと言われてるけど、本の単純所持禁止という設定が被ってるだけでほとんど接点ないですねー
この程度の発想は被ってもおかしくはないし、そもそもブラドベリーは「国家による情報の規制」ではなく、「テレビの台頭による国民の無能化」を書いた話だしね。
そういう面からみると今の現状はまさにピタリで、ブラドベリー恐るべし!となりますね…
レイ・ブラドベリー 1964年3月(初出1953年) 早川書房
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