◎大江八万神社の御船神事(牧之原市大江1606)牧之原市HP参照
旧相良町の4ケ所で毎年秋に行われている御船神事です。
大江八万神社以外の3ケ所は次の通り。
飯津佐和乃神社(牧之原市波津1000−1
神明神社(牧之原市細江1911)
鹿島神社(牧之原市勝俣2022)
祭りの概要
海上安全を祈り神社の祭事に合わせて、舟の模型を担いで、歌に
合わせて練り歩き、船首と船尾とを交互に持ち上げて、荒海を公開
するさまを威勢よく表します。
模型の船は日良い菱垣廻船や樽廻船という船のを精巧に移した
もので、長さも2me-toruから2.5me-toruあります。
祭りは8月14日前後に開催されていますが、年度で日程が変わる
琴もありますので、HPなどで確認してください。
いすれも国又は研指定の重要無形民俗文化財に指定されています。
御船神事の初役
師匠;舟若という若衆を抜けた世代から歌の名手を選ぶびます。
とも唄人;4人で担当する。年長者がなり師匠に続いて歌を唄う。
オラエ:2人で担当。柱起こしの際にともに座り、唄の合い間にハヤシ
言葉をかける。柱起こしの際に柱が一気に起きないように抑えるのも
この役目。
綱引き人;若い人が担当する。ほたて際に綱を引いて柱を立てる役。
磐田市 見付天神の矢奈比賣神社の裸祭
見付天神の裸祭は神社の例祭として執り行われる。国指定の重要無形
民族文化財として指定されている。
祭りの起源は花園天皇の正和年間より始まったとされる。毎年旧暦の8月
10日に合わせて斎行されるが、近年はそれに近い州の土曜、日曜に行う
ようになった。例祭の夜に行われる「鬼踊り」が有名ですが、実際は8日間
にわたる神事です。祭礼の前に「浜垢離(ハマゴリ)」という禊を福田海岸で、
行います。放生会の神事により魚を海に放して安全と、殺生の罪を祓います
祝詞をあげたあと、清原井をして、海に入り実を清めます。
裸祭り 裸の男たちは梯団と呼ばれる4つの集団に所属します。旧東海道の
見付の宿場町を練り歩き、順次矢奈比賣神社の拝殿に向かいます。その
拝殿内では新しい梯団が加わるたびに、熱気を帯びて激しい踊り(鬼踊り)
が続けられます。
深夜の12位半の花火の合図とともに、すべての塔かが消えて漆黒の闇に
なります。暗闇の町を、一番触れ、二番触れ、三番触れと時間をすこしずつ
あけて、梯団が街を駆け抜けていきます。最後に神輿の渡御が疾走してい
いき、遠江の国の総社である淡海国玉神社アワウミクニタマ)に着くと、腰みのを
奉納します。各梯団ごとに町内に戻ります。
還御
渡御の翌日の夕方、稚児行列を先頭に、静粛に神輿の還御が執り行われ
ます。総社を出て見付の西端から東端まで巡航しt、矢奈比賣神社の拝殿
前で、神輿を胴上げを何度も繰り返し行います。力尽きた頃、大太鼓のを
連打しながら拝殿に納められます。
見付の町と矢奈比賣神社
かつては元天神の場所に社がありましたが、現在の場所にいつ頃から
祀られたのか定かではありません。神話の時代には海が今之浦まで入り
海が荒れて船が沈みそうになって、それを鎮めるために剣を海にささげた
と伝説が残っています。国分寺のあたりは高台でした。現在の国道が通る
辺りまで海岸が迫っていたと思われます。国府がおかれ、国分寺が建ち、
行政の中心地として栄えました。江戸時代には、宿場町として栄えました。
本陣も置かれて、っ見付の宿の西からは、表街道の東海道(天竜川の池田
の渡し)への道と、姫街道(浜名湖北岸を迂回する街道)に分かれています。
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