http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15809 (写真入り記事)
日曜日は、教会の仕事で一日フル稼働です。直前までバタバタしたり、疲れていても、礼拝を捧げると元気になり、喜びで溢れます。
礼拝後に、「今日は、食事をし、聖書勉強やカウンセリングをしよう!」と思って計画していると、「牧師先生、今日は忙しいのですぐに帰ります!」と、みなさんが帰られてしまうこともありますが、反対に、今日は、昨日の疲れがたまっていて、礼拝後に少し休みたいなーと思っていました。そうしたら、夕方の礼拝までみなさんが残られて、極度に疲れを感じていましたが、思いを切り替えました。
「神様、教会に人々を送って下さり、礼拝後も、ほとんどの人が帰らないで、食事をし、いろいろな話し合いができることを感謝します!」
感謝をすると、疲れが喜びに変わりました。
体は疲れているのに、心が喜びであふれて、賛美をし、祈り、メッセージを語っていると、心が元気になり、喜びで溢れました。
一日、感謝で終わりましたが、朝の礼拝の直前に一つ心配なことが起こりました。
小2の次男が、小5の次女に、階段の上からサッカーボールを投げました。次女がよけると、ドアのノブに額がぶつかって、何cmか切れて血が流れました。妻は、女の子の顔に傷が付いたことに心を痛め、次男をこっぴどく叱っていました。
うちは、高1、中2、小5、小2の二男二女の子どもたちがいます。上に行くほど育てやすく、大人しいのですが、下に行くほど活発で、手に負えません。上の子が下の子をいじめるなら仕方ありませんが、次男が活発すぎて、年上の次女や長男にちょっかいを出して、いろいろな事件が起こります。
次女の額を切った時、すぐに神様に祈って、神様に委ねました。
礼拝の直前で、私の父も礼拝に参加するために教会に来ました。父は、「大丈夫、大丈夫!」とだけいいました。
父の大丈夫は、どちらかといえば、根拠なき楽観です。日本が、根拠なき楽観で、原発神話を作り上げましたが、東日本大震災で大変な被害が起こり、まだ、その被害が解決していないのに、原発を再稼働したり、原発を輸出しようとしている政府の姿勢に、多くの国民が心配しています。
小泉元総理大臣は、「原発は、トイレなきマンションだ!」と、原発ゼロを訴えていますが、まさにわかりやすいたとえです。
今国会でもめている「安保法案」も、国民がわかるしっかりと議論をしてもらいたいと思います。
話は戻りますが、父の根拠なき楽観的な話を聞きながら、反面教師として、いつも最悪を想定するように生きてきましたが、やはり、楽観的な性格を譲り受けています。でもその楽観は、根拠ある楽観でありたいと願います。
「イエスは言われた。『人にはできないことが、神にはできるのです。』」(ルカの福音書18:27)
「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」(ピリピ人への手紙4:13)
つまり、「神が共におられるから大丈夫」という、根拠ある楽観です。
子どもたち4人は、それぞれ個性的で、みんな違います。男女1人1人は私に似ていて、他の男女1人1人は妻に似ています。
それぞれに、長所と短所、得意なことと不得意なことがあります。神様は、すごい素晴らしい作品を造られたと思います。
「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。」(エペソ書2:10)
神様は創造者です。創造者は、造った被造物を修復し、いやすことができます。
私が使っているiPhoneが壊れたら、iPhoneを作ったappleに連絡をして、修理を依頼します。
私が乗っている日産エルグランドが壊れたら、日産のディーラーに車を持ち込んで修理を頼みます。
次女の額に傷ができたので、創造者である神にお願いして、「いやして下さい!」と祈りました。
数年前のクリスマス礼拝の朝、ある作業をしていると、私の眉間に鋭利な物体が飛んできて、眉間に深く食い込み、大量の血が流れました。
後日、病院に行ったら、整形外科に回されました。しかし、整形外科に行ったら、「形成外科に行って下さい!」と言われました。形成外科に行ったら、「48時間以内に来てくれたら、傷が残らないように縫うことができましたが、もう縫うことは難しいので、自然に治るのを待つしかありません!」と言われました。
昔、エラの谷という場所で、後にイスラエルの王になった少年ダビデが、ペリシテの戦士であり、大男のゴリアテと戦いました。ダビデは、パチンコで1つの石をゴリアテめがけて飛ばしますと、ゴリアテの眉間に石が食い込み、気を失ったところに、馬乗りになって、ゴリアテの剣でとどめを刺しました。
その急所である眉間に強く鋭利な物体が食い込み、深い傷ができたので、当初は、「このまま死ぬのではないか!?」と心配をしました。大量に血が流れたので貧血気味になり、ひどく心配したため、具合が悪くなりました。
しかし、命が守られただけではなく、傷口もほとんど目立たなくなるくらいまで回復しました。形成外科の先生は、「かなり傷口は残るでしょうね!」と言われましたが、医師と創造者は違いました。創造者はいやし主でもあり、完全にいやして下さるお方です。
この神を信じ、「神がおられるから大丈夫!」という、根拠ある楽観で生きていきたいと思います。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書11:28)
今日も一日お疲れ様でした。新しい一週間の祝福をお祈ります。
また明日お会いしましょう!
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