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2015年06月05日03:53

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擬人カレシSS 『初めてのチュウ』(限定公開)

暖かな日差し。僅かに開いた窓からのそよ風が、薄いカーテンを時折揺らして通る。
僕の髪も風に撫でられ、揺れている。

……どうしようか……。

やたら居心地のいい部屋に突っ立ったまま、僕は途方にくれていた。

足元で眠りこけているこの部屋の主、陣ちゃんを見下ろしながら。





『あ……こんにちは』

ぺこり、と頭を下げる。今日予定していたお仕事も勉強も、思いのほか早く片付いた。
先生に手伝いを申し出てみたが、彼女にも特に急ぎの用事が無かった所為か、午後は自由に過ごせることになった。
本屋か図書館に出かけても良かったのだけれど、足が向かった先は陣ちゃんの先生宅だった。

突然の訪問を詫びるも、快く迎え入れてもらえた。
逆にこちらの先生には手が離せない用事があったらしくて、僕の相手が出来ないことを詫びられてしまった。

代わりと言ってはなんだけど……と前置きを頂いて、どうぞご自由に、とのお許しが出た。

こんなとき、ニンゲンはどうするんだろう。許されたのだからと、本当に好きに歩き回ってもいいんだろうか?
それともうちの先生がたまに口にする言葉 『また日を改めまして……』とか言った方がいいんだろうか?

ホントにごめんなさいね。と言い置いて自室へ戻る先生を見送り、僕はもう一度頭を下げた。
オイトマシマス、と言うタイミングを完全に見失って。

とは言えど、玄関ホールに立ちつくしているのも充分失礼な気がした。「好きにしろ」とは、「とりあえずそこから動け。無理に帰る必要はない」と、そう言う意味だと受け取った。

『オジャマシマス』

誰に言うともなくそうつぶやいて、靴を脱いだ。
でも、出来るだけ邪魔はしませんから……と、胸のうちで唱えながら。


陣ちゃんの部屋はわかる。いつもそこへ行くから。
アポイントも取らずに押しかけて平気だろうか? 此処まで来ておいて考えることではないのだけれど。

ドアの前でたっぷり数分悩んだ末に、控えめにドアをノックした。


  コン


掠めるようなシングルノック。さすがに控えめすぎただろうか。
それでもしばらく待ってみた。物音も、返事も返ってこなかった。

まあ、そうだろうな……と納得して、ノックをやり直す。

 
 コンコン  コンコン


返事がない。ただのしかばね……いや、そうじゃなくて。

今度はしっかり音を立てたと思ったのに。留守なのか、取り込み中なのか……。


 コンコンコンコン  コンコンコン  がちゃ。


『……わ』
  
ノックが強すぎたのか、ノブのあたりで音がした。
反射的に一歩後ずさるも、やはり返事はない。けれど陣ちゃんが出てくる様子もなくて。

ふぃ、と首をかしげて様子を伺ってみたけれど、それ以上の物音もしなかった。
思い切ってドアを開けてみた。
ちょっとのぞいてみて、誰も居なければ……陣ちゃんが留守であるならば、あるいは返事も出来ないほど忙しくしているのならば、その時あらためて「オイトマ」すればいいんだ。



そう、思っていたのに。

見るからにもたれ心地のよさそうなビーズクッションに抱かれるようにうずもれて。

おそらくはちょっと息抜きをするだけのつもりだったんだろう。
肩の凝らない、やさしい内容の本でも読みながら休んでいるうちに……眠りに落ちた。そんなところだ。

中途半端に開かれたまま、彼の腹に落ちた本。これは僕の先生のところにもある本だ。
全然怖くない変な悪魔と、今時の女の子が不思議な雑談をしている本。

開いたままで伏せておいたら本が傷む。さりとて本を取れば、気持ち良さそうに眠っている陣ちゃんを起こしてしまいかねない。

困ったな……。 言葉にも出せないまま、出来るだけ音を立てずに傍らに膝をついた。

起きてくれないかな。そうすれば本を……救ってやれる。そう。本のために。
起きないかな。 ……起きないかな。本が可哀想だろ。


……よく寝てるな。 そういえば、眠っている陣ちゃんは初めて見る。

なんて、無防備なんだろう。

ケモノの姿でいたころじゃ、絶対に考えられない姿だ。

生まれたばかりの子狐だって、子狼だって、こんなふうには眠れない。
そもそもこんなに近くに異種族の僕がいるのに、その気配すら届いていないのか。


なんだか少し、悔しくなった。

いや、違う。寂しい? 違う。 哀しい? ……違う。

今のこの感情を表す言葉を、僕はまだ教わっていない。そのことに何よりもイラついた。


そうだ。この感じ。
なんだかもやもやして、少しピリピリして、それでイライラするのに嫌じゃない。
陣ちゃんの傍に居ると、それがもっともっと強くなる。

砂鉄……みたいだ。

記憶の中に、ピシピシと針のように尖りながら紙の上で踊り狂う砂鉄の姿が甦った。

きっと僕が砂鉄で、陣ちゃんが磁石なのに違いない。
だから、こんなふうになるんだ。

そうだろ?先生? 僕は、間違っていませんよね?

その砂鉄のちくちくが、どんどん強くなっていく。痛いくらいに胸を刺す。

先生。どうしてこんな風になるんですか?
ニンゲンはこんなとき、どうするんですか?


あの砂鉄は……紙越しの磁石に踊らされていた。
磁石にくっついてしまいさえすれば、あんなに悶え苦しむことはなくなるだろうに。


磁石と……くっつく。くっつけば……いいのか?

そうすればこの痛みは、和らぐのだろうか。


もぞり、と彼へと身を寄せた。

くぅ……くぅ……と甘やかな寝息を立てながら、彼はまだ深い眠りの淵にいた。

傍らに手をついて顔を寄せても、まだ。


『陣ちゃん……』

声にはならなかった。掠れた、吐息だけの囁きを零した唇は、磁石に吸い寄せられる砂鉄さながら彼のそれへと重なった。

柔らかくて、温かくて、少し乾いた唇の感触に、ゆるりと目を閉じようと……



『……ぉわあっ!!』
『わああっ!!』


ドン、と押しのけられてそのまま背後にしりもちをついた。
衝撃が去って、きょとりと目を瞬けば……己よりも遥かに驚いた顔の陣ちゃんが居て。

『て、て、て、てり……おま……何……てんだよ……』

『何……って……あ……っ……』

問われて初めて、今しがた自分が何をしたのか気づく。バッ、と己の口元を押さえて顔を背けた。

とんでもないことをしてしまった。こういうときは……まず……。

『ご……ごめん。その……つい……えと……ごめん……』

『ごめん、じゃないだろ! テリー!』

『ごめんっ!ホントごめん!』

顔からといわず耳からといわず、湯気でも吹き出そうなくらい熱い。相手が眠っている間に部屋に上がりこんで、その上自分は何をした?不躾などと言える範疇はとっくに越えている。

がば、と座りなおして前のめりに床に手を付いて顔を伏せた。
とてもじゃないが、彼の顔を直視できない。

『ごめん!陣ちゃんごめん!』

『だから、ごめんじゃなくて……』

『ごめん!!』

『……顔あげろよ、テリー。もういいから……』

『よくない!ごめん!悪かった!』

無理だ。どうしようか。陣ちゃんは怒ってはいないみたいだ。けれど………今の僕の顔は熟れたニワトコの実よりも真っ赤になっているに違いない。そんなの恥ずかしくて見せられない。

『あやまらなくていいって言ってるだろ……』

『よくないって言ってるだろ!』

『とりあえず顔上げろって』

『だからゴメンって!』

『いい加減にしないと怒るぞ!』

『悪かった!ごめん!本当にごめん!』

『くぉらテルゥィー!! さっさと顔上げるぅおー!』

『うぁっ! はいいぃ!』


頭上から降ってきた、雷鳴のような怒声。唸るような巻き舌の迫力に身を竦ませながら、弾かれたように上向いた。


ぐい。

首根を掬い取られると同時に、唇を塞がれる。
何が起こったのか理解する間もないまま、強引に割り開かれた歯列から滑り込んできた熱いものに舌を絡め取られた。

なん……だ……これは……。これはなんだ……なんなんだ……?!

後首を固定され、身動きが取れない。それ以上に今自分の身に起こっていることが理解できない。
ただ翻弄されるがままに受け止め、口中を自在に蹂躙してゆく彼の舌に思考も麻痺して。

『ん……っ……ぅ……。んっ……ん……』

助けを求めるかのように、無意識に持ち上げた手。何度か空しく宙を搔いた。
が、その手も彼の手中に落ちる。宥めるようにぎゅっと握り締められた後……指を絡めて、握られる。

陣ちゃん……陣ちゃん……。

声が出せない分、想いを込めてその手を握り返した。触れ合う手の平が熱い。
いや、唇も。体も。全部熱い。

ちゅく……と、湿った音と共に、唇を吸われた。初めての、深い深い……口付けの後始末。
毛づくろいをするように丹念に。丁寧に。優しく。何度も何度もついばむような口付けをくれる。

それからゆっくりと顔を離して……。

『ごちそーさん。どうせ謝るのなら、これくらいやってからにしろ。で、お前は…………俺に謝って欲しいか?』


今までに聞いた事がないくらい、蕩けるような甘い響き。ケモノの耳ではないはずなのに、聞こえる。さざ波みたいに、そよ風みたいに、全身を撫でて行く心地よいゆらぎを。

『…………じ……ん……ちゃ……』

『………………ああ』

『……陣ちゃん……』

『……ああ』

『……………………スキだよ……』

『…ああ』


磁石に触れれば尖らないだろうなんて、浅い考えだった。
触れてなお、舞い狂う砂鉄のような感情に押し出されるままに口にした言葉。

首根を押さえつけていた手はいつの間にか背へと回され。
握り合う手はそのままに引き寄せられ、二人重なるようにしてビーズクッションにうずもれた。
陣ちゃんにすっかり体重を預けてしまっても、重みはクッションがあらかた吸収するだろう。

『陣ちゃん……僕は……どうすればいい……』

『嫌じゃないなら、こうしてればいいだろ』

『……そうじゃなくて……』

『……足りない?』

『ちがっ……!』

くすくす笑いながら軽口を叩く陣ちゃんに、食って掛かろうとしたけれど。
確かに今は……離れたくない。少しも離れたくない。

これが、スキ、という感情だろうか。そうなんだろうか。

再び、ぽふり、と彼に重みを預けながら。やっぱりまだニワトコみたいになってる顔を隠すように伏せた。

ニンゲンの耳に、彼の鼓動が聞こえてくる。

早い。

……なんだ。陣ちゃんも……もしかしたら僕と……同じ、かな。
そうだと、いいな。

違うといわれたら嫌だから、今はそれは聞かなくていい。
暖かな……いや、熱い身体と早い鼓動を感じているだけでいい。


このまま時間が止まればいいのに。
ずっとこのまま居られたらいいのに。
帰りたくないなあ……。

そんなことばかりが、ずっとぐるぐる回っていた。


部屋の隅に弾き飛ばされた本は、さっきよりずっと可哀想なことになっていたけれど……

僕は今、あの本が居た場所にいる。

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