http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15772 (写真入り記事)
朝のラジオ体操、2日目継続できたことを感謝します。いつもやっていた頃は、自然に体操していましたが、たまにやるとすごい量の運動しているように感じます。終わったあとが爽快です。
朝の1〜2時間はとても貴重です。
まず朝おきたら、理想は、1時間は聖書を読み、祈りたいと思っています。しかし、前日の疲れが残っていると、寝坊気味になり、後回しになってしまうことがあります。これも、一歩間違えると、ラジオ体操のように、しない習慣をつけてしまってはいけないので、大切にしています。
文章などを前日までに準備をして、今までは、インターネットの投稿に40分くらいかけていました。ラジオ体操の20分を捻出するために、これからはインターネットの投稿を20分以内、ラジオ体操を約20分、そして、身支度に20分の時間を割り振りたいと思います。
身支度は結構いろいろやることがあって、いつも時間が押されて、朝食が遅くなります。妻は、いつ私が朝食を食べに来てもいいように準備してくれているのでありがたいです。
「習慣は第二の天性なり」と言われますが、良い習慣を身につけたいと思います。
習慣は、三日坊主でも、三日、三日、三日と続けていけば、習慣になります。たとえ、習慣が崩れてしまっても、またはじめればいいのです。
みなさんは、どんな良い習慣を持っていますか?
どうしてもやめられない習慣が、寝る前と寝起きのスマホです。どうしたらいいんでしょうね。つい手が伸びてしまいます。この時間が無駄だとわかっていても、気分転換になったり、良い情報を入手できたり、必要な時間と考えたらいいのか、毎日考えます。
不思議ですね。無理に禁酒、禁煙などの習慣を断とうとしてもなかなかやめられないばかりか、ガマンした分、かえってリバウンドして摂取量などが増えてしまいます。やり続けたい気持ちの方が強いからです。
しかし、「お酒をやめたい」「タバコをやめたい」「〜をやめたい」という気持ちが勝ったときに、自然にやめられるものです。
少し前から、寺社などに油がまかれるという事件が日本全国で多発していました。その容疑者に逮捕状が出されたことがニュースで流れました。
私は、キリスト教の異端やカルト、つまり、イミテーション、似て非なるものと考えて、関心を持ちませんでしたが、何と、その人物が知り合いの可能性があることをネットで知ってびっくりしました。
私は、問題を(隠し)持った人を瞬間的に知ることができます。それは、神様から頂いた賜物なのか、神様が直接教えてくださるのかどちらかだと思います。
ある知り合いは、私がこの人は問題を隠し持っているように感じると思う人にばかり、「この人は素晴らしい!」といって飛びつきます。こういう人たちによって、寺社に油をまいた人も、一時期高い評価を得ていました。
この知り合いは、キリスト教の指導者と称しながらも、異端・カルト的な人ばかりにほれ込みます。おそらく、そこにひかれる理由は、同じような性質を持っているからだと思いますが、実際は、まじめに、地味にやっている牧師より、問題がある指導者の方が人をひきつける何かを持っていたりします。
私は、「この人はおかしい!」と思っても、わざとじゃないかと思うくらい、「この方は素晴らしい人だ!」と賞賛します。そこで、「私はおかしいと思うよ!」と声を荒げても、やっかみか、その類としか取られないので、神様にゆだねて、口を閉ざします。
ところで、聖書が教える「寛容」という言葉は、「早まった裁きをくださない」という意味があります。
「早まった裁きをくだす」ということは、確かな証拠があってもなくても、その人を全否定することです。
しかし、「早まった裁きをくださない」ということは、神様にゆだね、少し長いスパンで観察することです。
そして、神様が、すべての隠されたことを明るみに出して下さる方であることを信頼することが大切です。
「おおいかぶされているもので、現されないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。ですから、あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。」(ルカの福音書12:2〜3)
さらに聖書は、「悪い実を結ぶ良い木はないし、良い実を結ぶ悪い木もありません。木はどれでも、その実によってわかるものです。」(ルカの福音書6:43〜44)と語ります。
どんな実を結ぶかでその木の種類がわかります。同じように、その人の人生で結んでいる実を見てその人を知ることができます。
しかし、この同じ聖句を用いて、おかしなキリスト教指導者ばかりを賞賛する人は、「『木はどれでも、その実によってわかるもの』だよ。実をみてごらん、あれだけたくさんの人が集めているんだよ」といいきりました。
「人がたくさん集まれば、どんなおかしな宗教でもそれがすばらしいということなの?」と聞き返したくなりましたが、「早まった裁きをくださない」ことを実践しました。しかし、程なくして、人をたくさん集めているおかしな指導者はスキャンダルが表面化しました。
寺社に油を注いだ容疑で逮捕状が出た人は、実は、多くの問題を起こしています。相続争いで裁判中ですし、一人のキリスト教指導者を逆恨みして裁判をしています。
しかし、現時点では逮捕状が出ただけで、逮捕されていません。この時点では、犯人ではなく、容疑者です。
司法の根幹にあることは、「疑わしきは罰せず」です。
私たちは、案外、早まった裁きをくだしてしまうところがあります。神様がすべてを明るみに出し、木が実によって知られるように、その事実が一つ一つ明らかにされるまで、神の手にゆだねたいと思います。
これからの時代、不正を行う者ときよい者の格差がますます大きくなっていくと聖書は教えます。
「その時が来ると、不正な者はますます不正を重ね、汚れた者はますます汚れるでしょう。 反対に、正しい者はますます正しい行ないに励み、きよい者はますますきよくなるのです。」(ヨハネの黙示録22:11)
うわべを見て流されない歩みをしていきたいものです。これらは、パッと見では何が不正で何がきよいのかわからないものだからです。ともすると、疑わしく見えるものが正しく、正しく見えたものが不正の場合もあります。
良い、悪いや、白、黒をすぐにパッと決めるのではなく、忍耐が必要です。
マスコミの力は強力です。それに影響される人の数は数え切れません。
1994年に起こった松本サリン事件で、警察やマスコミによる虚報によって、河野義行さんが犯人に仕立て上げられました。後に、えん罪だとわかりましたが、とんでもないことです。二度と起こってはなりません。
一瞬一瞬を神と共に歩み、与えられた一つ一つを感謝し、忠実に一歩一歩歩んでいきたいものです。
「こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい。このばあい、管理者には、忠実であることは要求されます。」(第一コリント4:1〜2)
「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなかったら、だれがあなたがたにまことの富を任せるでしょう。また、あなたがたが他人のものに忠実でなかったら、だれがあなたがたに、あなたがたのものを持たせるでしょう。」(ルカの福音書16:10〜12)
悪い習慣が身についていても、今なら間に合います。悔い改めましょう。そして、良い習慣を身につけていきたいものです。
今日一日、教会で事務仕事、説教準備などで一日を過ごしました。
バイクのオイル交換をはじめ、集会など、いくつもの用事がリストに上がっていました。しかし、一歩外に出かけてしまうとそれで一日が終わってしまいます。
神様に祈り、外出の用事を棚上げしました。
最初に、説教準備に取りかかりましたが、全然進みませんでした。気分を入れ替えるために、掃除を始めました。私の掃除の方法は、根本的に片付けようとするのでとても時間がかかってしまいます。しかし、掃除が終わると、とても気分がよくなります。
それから、説教の準備もうまくいき、いくつもの仕事が片付きました。
改めて、祈って決めたことは最善だと思います。
今度、バイクのオイル交換にいく日は、前後で友人に会ったり、教会を休んでいる教会員の家庭訪問をしたり、大会の教会協力の依頼をしにいったり、相談者と夕食を食べたりなど、いろいろな用事が重なった時に行こうと思います。
明日は、以前から約束していた友人が遊びに来ます。どんな一日になるのか、今から楽しみです。
仕事ばかりではなく、家族との団らん、レジャー、遊びは大切だと思います。しかし、それだけだと困ってしまいます。それらの時間を捻出するために、日頃から、優先順位に従って大切な仕事がすべて終わっていたら、心おきなく遊べます。
優先順位とは、神様の目から見て重要なことの順番です。それを優先していくならば、時間はあまることさえあります。そうしたら、思いっきり楽しい時間をすごせます。
時は金なり、命なり、使い方を心得たいものです。
「賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい」(エペソ書5:15〜17)
今日も一日一シャを読んで下さってありがとうございます。
良い一日でした。お疲れ様でした。
また明日お会いしましょう!
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