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2015年06月01日23:05

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【55】」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15770 (写真入り記事)

今朝、久しぶりにラジオ体操を再開しました。体の調子がよくなり、とても気持ちがいいです。

一年前、ラジオ体操の指導者講習を2日間受けました。講師は、TVやラジオでラジオ体操を指導するおじさんと、体操するお姉さんたちです。体操のツボがよくわかり、モティベーションが一気にあがりました。

講習を受けた理由は、PTA役員なので夏休みの朝、学校の校庭を解放してラジオ体操の会をしますので、子供達や地域の人たちの体操を指導するためです。

毎日、あと30日、・・・あと15日、・・・あと3日・・と緊張しました。

やはりたくさんの人のお手本とならなければいけませんし、前で体操する人は、すべてを逆にしないといけません。今では、逆で体操するのが身についてしまって、みなさんと一緒の体操ができなくなってしまいました。

夏休みが終わっても、ラジオ体操の習慣は続きました。疲れることはあっても、今思えば、体の調子は抜群に良かったです。

「習慣は第二の天性なり」と言われますが、毎朝の体操の習慣がある時から崩れてしまいました。体操をしないことが習慣になってしまいました。

原因の一つ目は、イスラエル旅行です。エルサレムとガリラヤ湖を中心に、聖書の舞台となったプロミス・ランド、父と蜜が流れる地、聖地を巡りました。環境の変化に身体がついて行けず、旅の疲れもありましたが、本当のところは、毎日があまりにも素晴らしくて、体操などどうでもよくなってしまったからです。

しかし、気を取り直して、帰国後にラジオ体操を再開しました。しかし、それからしばらくして、出張の合間のスキー中に、無謀なスキーヤーが脇道から割り込んできました。衝突を回避するために急ブレーキをかけたら転倒し、即頭部を強打し、右手首を打ち付け、引きずってしまいました。ヘルメットをかぶっていたので、頭の方は問題ありませんでしたが、右手首は、「TFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)」になってしまいました。

右手でドアノブを回すだけで激痛が走りました。しょっちゅうギターを弾く音楽の奉仕があるので、サポーターでしっかり固定しましたが、つらかったです。

どこへ行っても力仕事を頼まれます。「三角線維軟骨複合体損傷になってしまって・・・」と、理由を説明して仕事から外してもらいました。心配してくれる人もいますが、がっかりした顔をする人もいましたので、断るのもつらかったですし、無理して力仕事をしても激痛が走るので、つらい日々でした。

毎日、ネットで文章を書いて投稿しますが、パソコンのキーボードを打つことさえ不自由を感じました。

ついに、親しくしている鍼灸師の先生のところに行って治療をしてもらいました。それから、徐々に痛みがなくなり、今では、正常時を100とすると、80近くまで回復しました。

8ヶ月以上の間、ラジオ体操第一と第二、みんなの体操、ストレッチなどをする習慣が身についていましたが、右手首の痛みで、一部の運動はできません。また、「TFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)」は、手首に振動を与えることも症状を悪化させるので、体操の習慣がまたしても途切れてしまいました。

今日から6月になり、冬眠から目覚めるように、今朝からラジオ体操を再開しました。まだ三日坊主にもなっていませんが、ぜひこの習慣を続けていきたいと思います。

ラジオ体操の習慣は、体の健康にとても良いです。

しかし、もう一つ、心の健康に良い習慣があります。聖書通読と祈りです。

この習慣は、26年間続いています。神学校時代には、徹底して訓練を受けました。また、牧師になってからは、その習慣なしには働きを続けることができません。

聖書は、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケ5:16〜18)と教えます。

「いつも喜んでいなさい」と「すべての事について、感謝しなさい」の間に、「絶えず祈りなさい」という言葉が挟まれています。

「いつも喜び」、「すべての事に感謝する」何て、「神業だ!」と思うことでしょう。しかし、その秘訣、その鍵は、「絶えず祈る」ことにあります。

祈りは、たとえるならば、呼吸に似ています。二酸化炭素を吐き出して、酸素を吸い込むことを続けないと、人は生きていくことはできません。

同じように、祈りという霊の呼吸が必要です。罪や悪魔に汚された思いの二酸化炭素を吐き出すように神様に悔い改め、十字架のもとに罪と汚れを処分し、代わりに、天国の空気、聖霊様、神からの良いものを吸い込みます。

霊の呼吸を続けるならば、神から与えられた霊の命を保つことができます。しかし、祈らないならば、体や魂(知識・感情・意思)の部分は生きているようでも、人間の中心部分である霊が死んでいるので力が出ず、「いつも喜び」、「すべての事に感謝する」ことは困難です。

祈りが霊の呼吸というのはわかりやすいたとえだと思います。

普段から私は、絶えず祈ります。無意識でも祈っていますし、今この瞬間も祈っています。

どこにいても声に出さなくても、潜在意識でも絶えず神と祈りでつながっています。

しかし、教会やクリスチャンの集まりから一歩抜けて外に出かけていくと、途端に祈りを意識するようになります。無意識での祈りは通じません。多くの人が、神抜きの祈らない霊的な空気を持っているので、いつの間にか流されてしまいますので、心の中であっても、祈りはじめます。

「水を得た魚」という言葉がありますが、反対の「水から出た魚」のように、意識して祈らなければ苦しくなって霊の命が圧迫されて瀕死の状態になってしまいます。

車の中で、電車の中で、会議に向かう途中で、説教や音楽の奉仕に向かう途中で、「神様、今日の会議、奉仕、出会いを祝福して下さい。私を通して、神様と出会う人が起こされるように助けて下さい」と祈ります。

今日は、お昼過ぎから夕方まで、月一度の祈祷会がありました。

祈祷会では、それこそ、「水を得た魚」のように、息を吹き返すことができます。

祈祷会がはじまると、大きな声を出して祈ります。もちろん、小さな声の祈りや声にならない祈り、あるいは、無言の黙祷で祈っても構いません。しかし、静かな祈りは、自宅でも、電車の中でも、職場にいてもできます。祈祷会でなければできない祈りは、声を出して祈る祈りです。

聖書は、「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」(エレミヤ書33:3)

「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」(マタイの福音書7:7)と語ります。

伝道者ビリー・グラハムが遺言として後世に残したい言葉として、「第一に祈りなさい。第二に祈りなさい。第三に祈りなさい」と語りました。

私は、第一テサロニケ5:16〜18の、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」と聖書の言葉を伝えたいと思います。

聖書を研究したり、聖書を学ぶ神学は大切です。それをおろそかにすると偽物のキリスト教、異端、カルトが出てきますし、それを見分けられません。

最低限の大切な神学を学んで、しっかりとツボを押さえたら、延々と勉強を続けたり、小難しい議論ばかりするよりも、聖書を読み、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」を実践していきたいものです。

神学は大切です。しかし、それを実践することも同時に大切です。

運動する習慣はとても素晴らしいと思います。しかし、聖書を読み、祈る習慣はもっと大切です。

今日から6月に入り、運動する習慣が再びはじめられたことと、祈祷会で心行くまで神に祈り、神と交わることができて感謝で一杯です。

最後に、夕方に祈祷会が終わって、車に乗り込もうとしたら、コインパーキングの料金が瞬間的に上がってしまって、最高料金になりました。このままお金を払って帰るのもしゃくに触るので、1時間半、祈りながら川口駅の周辺を歩きました。汗をかき、とても気持ちよかったです。

帰り道、ラーメンを食べ、銭湯に立ち寄って汗を流してから帰って来ました。

コインパーキングの値段が瞬間的に上がったことで、あと何時間車を駐車してもそれ以上高くなりませんので、祈りの散歩をすることができました。

神様がなさることは、すべて時にかなって美しく、すべてのことを相働きて益として下さいます。感謝で一杯です。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝道者の書3:11)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ書8:28)

最後に、今日も投稿を読んで下さったみなさんに心から感謝を申し上げ、今日の一日一シャとさせて頂きます。

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