http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15721 (写真入り記事)
関東や東京にも台風が接近していますが、無事に一日を過ごせましたことを感謝します。
午前中には、娘のミッションスクールの先生が教会訪問という形で来られ、私たち夫婦と先生の三人で面談をしました。
話し合いの途中、何度か電話が鳴りますので受話器を取ると、娘が宿題を家に置き忘れてとても困った様子でした。
不思議なことに、学校の先生の教会訪問を終えてすぐに車に飛び乗って出かけると、娘の学校に宿題を届けて、その後に、目黒の神学校に用事で行く予定ですが、ちょうどぴったりの時間でした。
しかも、久しぶりに食べたいと思っていたラーメンを10分で食べ終わることで、急ぐことなく、娘の学校に立ち寄って宿題を受付に預けた後で、時間通りに目的地に着けました。
昨日は、プラスもマイナスも、思い通りに行っても行かなくても、すべてのことを神に感謝するのが、私の「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉」ですと、お話しましたが、そうなんです。これこそが聖書が教える感謝です。
しかし、プラスとマイナス、思い通りに行く行かないは、私の側の思いや都合です。
どうしたら、すべてをプラスに受け止め、すべてが最善だと捉えることができるでしょうか?
「人事を尽くして天命を待つ」ではなく、「天命を待ち人事を尽くす」ことです。
「人事を尽くす」とは、自分が一番いいと思うことをまずやって、その上で、「天命を待つ」とは、「神様、一番いいようにして下さい!」というわがままを神様に押し付けることです。
しかし、まず天命を待ち、神の御心を知った上で、神と共に全力を尽くすなら、ムダがありませんし、想定外もありません。
神の御心を予め知っているので、他人が見たら想定外の展開になることがあるように見えることもあるでしょう。しかし、本人は想定内のこととして受け止め、感謝することができるのです。
いつも、どんな時でも、「神様、一番良いようにして下さり感謝致します!」と祈れるのです。
もちろん、心が傷つき、落ち込んだり、文句を言いたくなることもない訳ではありませんが、結論は感謝だけです。
「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。」(エペソ5章20節)
本来なら、今晩8時に消防団の定例会がありますが、台風接近のため延期になりました。
いろいろな仕事が溜まっていますし、疲れも溜まっていますので、神様が下さったお休みとして感謝して受け止めます。もちろん、定例会があっても、団員のみなさんと会ってお話ができるのでそれでも感謝します。
夕方に、用事を終えて帰宅しましたが、お昼ころには、風がびゅーびゅー吹き荒れていましたが、今は、嵐のまえの静けさのように静まり帰っています。
嵐のまえの静けさを感謝し、これからやって来る台風を感謝します。ただ、「被害が起こらないようにお願いします」と祈りたいと思います。
「小羊が第七の封印を解いたとき、天に半時間ばかり静けさがあった。」(ヨハネの黙示録8章1節)
「主はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。」(ヨブ記38章1節)
夜も素晴らしい時間をお過ごし下さい。
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