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2015年04月26日06:57

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元は狐様が主神で 仏教のダキニ天が入ったあと混ざってたという説

■「おいなりさん」キツネ石像4体破壊 福岡・警固神社
(朝日新聞デジタル - 04月25日 21:21)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3389945

犯人は当然不幸の目に遭うだろうけども 祟りが天神エリアそのものに影響もたらさないか心配

稲荷と狐の関係について見つけましたのでそのまま引用します。稲荷の神と同体と考えられる御饌津(みけつ)神が誤って三狐神と書かれ、そこから狐が登場した。(「けつ」は狐の意味の古語。今でも狐を「けつね」と呼ぶ地方あり。一番よく聞く説)穀物を食べる野ネズミを狐が食べてくれるので、狐を穀物の守り神と考え、そこから結び付いた。(実はこうだろう、とよく本に書いてある説)伏見の地には秦氏が入ってくる以前に狩猟の民が山の神を信仰しており、その象徴が当初狼であったのが、いつか狐に変化して後からやってきた農耕の民たちの神と習合した。(梅原猛説)次には同じようなことが書かれています。


 

ダキニ天解説

荼枳尼天(だきにてん)は、仏教の神(天)[1]。インドのヒンドゥー教のヤクシニー(半女神)に由来する[1]。
「荼枳尼」という名は梵語のダーキニー(skt:Ḍākiṇī)を音訳したものである[1]。また、荼吉尼天[1]、吒枳尼天[1]とも漢字表記し、吒天(だてん)とも呼ばれる。一般に白狐に乗る天女の姿で表され[1]、剣[1]、宝珠[1]、稲束、鎌などを持物とする。

荼枳尼”天”とは日本特有の呼び方であり、中国の仏典では”天”が付くことはなく荼枳尼とのみ記される。ダーキニーはもともと集団や種族をさす名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになる。稲荷信仰と習合し[1]、今日、寺院の鎮守稲荷の多くは荼枳尼天を御神体とする。

習合

狐は古来より、古墳や塚に巣穴を作り、時には屍体を食うことが知られていた。また人の死など未来を知り、これを告げると思われていた。あるいは狐媚譚などでは、人の精気を奪う動物として描かれることも多かった。荼枳尼天はこの狐との結びつきにより、日本では神道の稲荷と習合するきっかけとなったとされている[16]。なお、狐と荼枳尼の結びつきは既に中国において見られるが、狐(野干)に乗る荼枳尼天の像というのは中世の日本で生み出された姿であり、インド・中国撰述の密教経典・儀軌には存在しないものである

明治政府が成立すると神仏分離政策を受け、それまで全国の寺社に荼枳尼天を勧請していた愛染寺は廃寺となり、伏見稲荷で荼枳尼天を祭祀することは途絶えた。また荼枳尼天を祀っていた稲荷社も多くは宇迦之御魂神などを祭神とする稲荷神社となった[19]。しかし豊川稲荷や最上稲荷など神仏分離を免れた寺院もあり、その後は一度廃れた鎮守稲荷を復興したり、新たに勧請する寺院も現れ、現在にいたっている。

ウィキペから引用 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%BC%E6%9E%B3%E5%B0%BC%E5%A4%A9
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