『不倶戴天』
春はとっくに過ぎ去るも夏には程遠い時期。ユクモ村なら過ごし易い時期だが、砂漠の真ん中にあるロックラックでは既に厳しい日差しがこの過酷な大地に生きる者全てに分け隔て無く降り注いでいた。
伝説の職人と出会い素材を託した影。その後ギルドに北の湖畔の村での事を報告したり、シフォンの存在に驚いたりして過ごし伝説の職人から必要な素材のリストを受け取ってロックラックを後にした頃、ユクモ村でもまた物語が動き出していた。
琴乃葉がユクモ村に戻った次の日の朝の事だった。先に村に戻ったルーティスは普段道理に振舞っていたが、様子がおかしい事は既にばれており周りの者も心配していたが、ルーティスが何も話さない為、何も出来ずにいた。
その日の朝もルーティスは農場でいつもの早朝鍛錬を行なっていた。走り込みから柔軟とウォーミングアップを済ませると、木に吊るした丸太を受け止めたり素振り用にウエイトを増した双剣を使って素振りや基本的な型の練習をしていた。
「・・・・・・」
そして最後は数ヶ月前から始めた業の練習で締めくくられる。
川の中に立ち、特注で作って貰った素振り用双剣がルーティスの上で交差する。双剣使いが使う業、鬼人化の構えだ。
「アンファング！」
その言葉と共に鬼人化状態になり全身を赤い闘気が纏い、低い位置で結ばれた長い銀髪が揺らぐ。
「エーアスト！」
ズババババババッ！
打ち下ろされた双剣が激しく水面を叩く。
「イェッツト！」
ズババババババッ！
「レッツト！」
既に苦しい表情になるルーティス。
ズババババッ！
「エンデッ！」
ズバァン！！！
最後に水柱を作るが普段より遅い振りと小さな水柱が本調子でない事をありありと語っていた。
そして、そんな事はルーティス本人が一番分っていたのだ。
後ろへ倒れ込み、水面に浮かぶルーティス。束ねた銀髪が煌く水面に流れ、まるで地上に零れた星の川の様に輝く。
それぞれに作業や訓練をしているオトモ達も心配そうにその様子を見ていた。
（・・・このままじゃダメだよね）
ふっと緊張を解き、立ち上がるルーティス。その瞬間オトモ達が修行に使う滝の上で『パシュッ』という音がした。
バシャ！
再び水面へと倒れ水飛沫を上げる。
「ニャニャッ！？」
オトモ達が驚き悲愴な声を上げルーティスに駆け寄る。
「ご主人！？ご主人！！！」
一番近くで見ていたはやてが悲壮な声を上げる。
他のオトモ達もやって来て、皆でルーティスを岸へと運び、揺さ振ったりしたが一向に動かない。
オトモ達が騒然とする中、滝の上から狂った様に歓喜の声を上げ半分滑り落ちる様にして男が降りてきた。
「ひゃーはっははは・・・やった、やったぞ、ざまぁ見やがれ！」
左目に眼帯をし、色黒で細身だった体は以前より更に痩せていた。
その姿は異常で左足は膝から下が本来の人の足では無かった。正面から見れば一見太い杖の様に見えるが、そこには厚めの木の板が付いていた。
そして右手は肘から先が無く、変わりにライトボウガンが生えていたのだ。
そんな男が器用に走り近付き、オトモ達を無視して倒れているルーティスを見下ろした。
「へっへっへっ、死んだか、死にやがったかルーティス〜」
ガッ！
感触を楽しみたいのか、義足を軸に右足で倒れているルーティスを蹴り、うつ伏せから仰向けの状態にする。
「このクソがっ！てめぇとあのモンスターの所為で、ボッシュとジョルディは・・・」
わなわなと怒りに体を震わせルーティスを睨み付けた。
「殺しても殺しても物足りねぇ！その顔を吹き飛ばした後、体中を切り刻んでやる！」
右手にくっ付いたライトボウガンを倒れているルーティスへと向ける。
「ご主人！」
いつの間にか遠巻きに男を囲んでいたオトモ達が叫ぶ！
叫んだオトモを一瞥すると「お前たちも後で皆殺しだ」と言って再びルーティスを見下ろし叫んだ！
「吹き飛べっ！」
バシュ！
サイレンサー付きの独特の音を立て、放たれた弾丸が地面に減り込む。
「なに！？」
消えたルーティスを探し焦りながらまわりを見回す男。すると左目の死角に立つルーティスを見つけた。
「チェイン・・・生きてたんだね」
「なっ・・・？」
驚き後ずさる男の名はチェイン。かつてエリアを騙しルーティスとそのオトモアイルー愛美を誘拐してラヴィーネを殺そうとした男達の１人だ。
「てめぇ、どうして動ける・・・弾は当たった筈じゃ？」
「良い狙いだったわ、お蔭で弾くのも簡単だった」
そう言って、通常より厚く重い練習用の双剣を見せる。
「バカな・・・なんで」
「毎日アレだけ殺気を感じたらね・・・でもなかなか仕掛けて来ないから」
ルーティスが北の湖の畔の村から帰ってきて数日経った頃から、チェインは以前ジョルディが使っていた小屋を拠点にしてルーティスの行動を観察し、チャンスを狙っていたのだ。
「最初から気が付いていたってのか・・・！？まさか！」
真っ直ぐチェインを見る。
「・・・わざと隙を作ったのか」
更に１歩下がるチェイン。
「他の２人も生きてるの？」
顔を歪ませ、奥歯がギリリと音を鳴らす。
「死んださ・・・ボッシュもジョルディも・・・全ててめぇとあのモンスターの所為だっ！」
言葉と感情とは裏腹に距離を取る為、更に１歩下がるがその動きをルーティスが止めた。
「愛美も死んだわ・・・」
ゾクリ・・・。
呟いたルーティスの言葉に寒気を感じ動けなくなる。
周りで遠巻きに動向を見守るオトモ達がざわめいた。
「た・・・たかがオトモ１匹じゃねえかっ！」
顔が引き攣り声が震える。
「それにラヴィは貴方達を殺さなかった」
本能なのだろう。１歩前に進むルーティスにビクリッと反応し、弾ける様に２歩下がるチェイン。
「だ、だがあのモンスターが俺達の腕を潰した所為で２人はティガレックスに喰われたんだ！」
ルーティスを睨み付け左手の拳を震わせる。
「俺も腕と脚を喰われた・・・」
「良く助かっわね」
抑揚無く訊ねるルーティス。
「あいつ等が助けてくれた・・・。２人が喰われてる隙に逃げたんだ・・・その後は覚えてねぇ。気が付いたら旅の馬車に拾われてた。持ってた金を注ぎ込んで、この腕と脚を手に入れた。そして幾つか仕事をこなしてやっとこの体を使いこなせる様になったんだよっ！」
「そして私を殺しに来たの？」
「ああそうだ、その通りだよ。まずはてめぇを殺す。その後でエリアも探し出して殺す！その次はあのモンスターだっ！金でハンターを集めて必ず殺してやる！」
一気に吐き捨て、嫌らしく口元を歪ませ笑う。
「貴方に殺せるの？」
「へっへっへっ舐めるなよ。俺達は裏の仕事をしていたんだ、ボッシュと組んでからこれまで１０人は殺してるよ。こいつでも１人殺してる」
そう言って右手から生えているボウガンを擦る。
弓や弦は見当たらない、近似の物はと言われればライトボウガンの『鳳仙火竜砲』だろうか。
リオレウスの素材が使われているのだろう。同様の性能があるのならかなり強力なライトボウガンだ。
汎用性も高いく火炎弾速射も可能だ。
恐らくラヴィーネと闘う事も考えての事なのだろう。
「それにてめぇのその格好・・・」
ルーティスを下から舐める様に視線を這わせる。
今は鎧を着ていない。ハンターが日常的に着ているインナー姿だ、しかも水に濡れている。
「良い格好じゃないか。まぁ、俺的にはボリュームのある方が好みだが・・・」
舌なめずりをするチェイン。エリアの裸でも想像しているのだろう。
「・・・」
反応の薄いルーティスに苛立ちを募らせる。
「その格好なら１発当たれば致命傷だよなっ！！！」
叫びながら肘だけで銃口をルーティスに向けた。
パシュッ！
ＬＶ２通常弾が微動だにしないルーティスの心臓目掛け真っ直ぐ飛んで行く。
やった！とチェインが思った瞬間だった。
キィンッ！
一閃！甲高い音を立ててその弾丸は弾かれた！
「なっ！？」
驚いたその瞬間、チェインの視界からルーティスが消える。
咄嗟に左に体を捻るチェイン。隻眼の彼の培われた本能の様な物だろう。だがそこにルーティスの姿は無い。
「ここだよ」
視界の端、足元にルーティスの影を見る。恐怖に強張りながらもライトボウガンの右手を振り降ろし、薙ぎ払うが空を斬る。
チェインが躱されたと思う間も無く衝撃が襲う！
ルーティスが身を屈めながら体を回転させ、チェインの右脚を払った。
「グァッ！？」
宙に舞い背中を強打する。背骨から腰まで衝撃と痛みが走るが気力でその痛みを吹き飛ばして体を捻り義足の脚を振るう。
カチ！
蹴り出した義足から金属音がしてスルリと木の板が外れ、その中からヌラリと光る刃が現れた。
御丁寧に何か液体がその刃には塗られている。
だがルーティスはその刃を左の剣で受け止め、渾身の力で右の剣を叩き付けた。
バキンッ！！！
「ぐわっ！」
義足の付け根に響く衝撃。左足を抱え転がるチェインが痛みに呻き声を上げる。
「ぐおぉぉぉ・・・」
ザッ。
痛みを堪えながら背後にした足音に咄嗟にボウガンを向けたが、その腕は二の腕を蹴り上げられその衝撃で放たれた弾丸が空を切る。
今度は腕を押さえる転がるチェイン。
ゆっくりと迫るルーティスと目が合った時、チェインの全身を悪寒が掻き毟る。意思とは関係なく体は動きを止め、ガチガチと歯が鳴り涙が溢れ出る・・・。
初めて見せるルーティスの剥き出しの殺気。
そして、動けないチェインに囁いた・・・。
「私は２０人以上よ・・・」
ルーティスの言葉に含まれた感情を読み取る事も、恐らくルーティスの囁いた言葉も聞こえてはいなかっただろう。
目が合った時強烈に悟った・・・『殺される』と。
本能が轟音で警鐘を鳴らす。
次元の違う殺気に押し潰される。
（なんだこの殺気は、なんだこの殺気は、なんだこの殺気は、なんだこの殺気は、なんだこの殺気は・・・）
ルーティスがゆっくりと双剣を振り上げる。
「ひぃ！？」
股間を濡らしながらも右手で自身を庇う様に動いたのは、流石熟練のハンターと言った所だろう。だがチェインの抵抗もそこまでだった。
春は過ぎ去るも、夏にはまだまだ遠い清々しい朝、ユクモ農場に殺気に満ちたルーティスの声が低く響き渡る。
「アンファング・・・」
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