コートの中がかさばっている。携帯電話、Wifiとか、ペン、鍵とか。ポケットに突っ込んだ手は少し狭そう。駅の構造物の隙間から見えるなにかはまだ暗い。ＪＲ東海道本線の９番ホームには、３０人ほどの人がいる。電車が停車位置に近づいたところで、周りが一気にざわつき始めた。
ハッと気づいた。そうだった今日はレースの日なのだ。
獲物を狙うかのような目で車内の席を確認し、着席するまではそこに全力で向かう。ライバルたちはさすがだ。この中には名古屋まで一緒の仲間もいることだろう。私も席に着き、それはそれで順調なすべり出しを確認した。
青春１８切符利用者の東海道サバイバルコースに自然とエントリーすることになる。今日はマラソンの様な旅になるだろう。
東京から名古屋へ行くのに、ＪＲ東海道線の鈍行電車を利用するようになって１４年がたつ。当初は、運賃を安く抑えるための手段として、仕方なく鈍行列車を利用し、その遅さに耐えていたが、今ではそれ自体が楽しむべき旅であると思い始めている。旅はゆっくりでなければならない。一番好きな車窓は根府川駅から観る風景である。窓一面に相模湾が広がるパノラマの景色は圧巻だ。背中側の窓に見えることもある富士山にも人は気づかない。とにかく空と海が物凄くでっかく見える。そこに鋭く差し込んでくる太陽の光を重ね合わせたければ、冬の時期の東京始発に乗らなければ巡りあうことは出来ない。湯河原、熱海といった伊豆の温泉街の手前にあるこの駅にいつか降りて一泊してみたい。
素敵な景色に心ときめかせた後には、車内でも知らないもの同士の会話が始まりやすい。
「あなたはどこへ？」年配の方が口を開く。
「大阪です。」隣の若者が答える。
「青春１８切符？」年配の女性が続けてが質問する。
「はい。そうです。」若者の男が答える。
「何回目？」
「初めてです。」
「じゃ うちの方が先輩だ。今回で三回目。今日は土肥温泉に行くんよ。三島から伊豆駿河鉄道に乗って一時間半位。」とおばさんが嬉しそうに答える。
「こうやってゆっくり行くのがいいのよね。せせこましくなくてね」とおばさんは無口な旦那さんの隣で続けた。
「そうですね。便利になりすぎるのも嫌なんで。」と大学生は言っていた。
私は隣で本を読みながら、耳だけで一応会話に参加している。私も�� 先輩 �瓩世�、土肥温泉には行った事はない。
話し相手はボックス席でたまたま座り合わせた人だけ。時間にゆとりのある人ばかりで、すごく癒される時間だ。
旅はゆっくりでなければならない。
但し、急げば１時間４５分でつける名古屋に、約７〜８時間かけて行くこの「時間をかける」選択肢には別の面白味もある。それは�牋榮庵罩瓩留篦垢任△襦�私は旅行の目的地までの移動時間、例えば飛行機、バス、電車で過ごすこの�� 移動中 �瓩了�間が大好きなのだ。この現在進行形な状況にありながら、思索に浸る事が許されるこの環境が非常に愛おしく、早く目的地に着くと、旅行でまた忙しくなるような気がする時がある。この時間がもっと長くて�牋榮庵罩瓩世韻任發いい里砲箸気┿廚Α�心がもっと味わいたがっているこの時間を単純に長くする旅を組んでみた。これがこの鈍行列車の旅のスタイルである。毎日の仕事に忙殺されている中では、ゆっくりと思索にふけることはなかなか出来ない。経験を消化するためにも必要な余白であり、想い出の余韻に浸る大事な時間なのだ。「忙」とは「心を亡くす」と書くということを知ってから、こんなことに贅沢さを感じている。値段的には安くて、青春１８切符を利用すれば、東京、名古屋の片道で約２３００円程度の費用だ。「忙しさ」のデトックス（忙しい心境からの解毒）効果がある。
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