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2015年03月05日19:00

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寿限無

「勇敢(かりぶ)」「雄(らいおん)」「響(りずむ)」…、なぜ「キラキラネーム」は生み出されるのか?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=140&from=diary&id=3303829


考察は面白い。

だが既出指摘のように戦国時代→武家社会の名付けには
「渇望しているから」その字を付けると言う訳ではない訳で。

ではそこに何があって、過去や現代の名付けと何が共通しているのかと言うと
それは「言霊思想」であると言えよう。

過去に於いてはよりシャーマニックな
武家社会に於いては「成功者への肖り」と「家系の継続」の
現代に於いては親が子に向けた願望と言う名の「エゴイズム」の
それぞれ表れであるのだ。

エゴイズムはここで言われている「珍奇ネーム」に限定する事無く
全ての名付けがエゴイズムであると言える。

ではその両者、「珍奇ネーム」と「一般的名付け」を区別するものは何か?

それは「親の期待感の肥大」ではなかろうかと、寿限無の噺の喩えに伺えるのだ。

我が子に向けた愛情が過大過ぎて肥大化し「我が子を世界に合わせる」のではなく
「世界を我が子に追従させようと」した結果、世間ずれしてしまうのではないだろうか?

そういう意味で言えば、普通の名前を付けられた子供は
親からの愛情の割合で測るなら「ほどほどの愛情」であるとも言えよう。

それでも尚、前時代的な「産まれた順に数字を付ける」ような名付けと比較すれば
人格に配慮されている点は間違いないのだが。
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