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2015年02月23日22:37

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ポストが利権につながるから?

■自民県連もめすぎて警察ざたに 福岡、執行部方針に不満
(朝日新聞デジタル - 02月23日 16:14)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3287420
政府がばら撒く「地方創生」のアブク銭を巡って、地方政界では「利権への思惑」だけが、暴走している感じなのかな?
*ワタシの田舎の3・11被災地では、一部に偏った復興事業の配分をめぐって議会でもめて、訴訟まで起きてますが。

で、今、ワタシの田舎の100万都市では、ワタシに聞こえてくるのは、実務部隊である自治体役人たちによる、青写真というか、大枠の路線敷きなんだけど。

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で、話は変わるんだけど、昨日はエコ・リサイクル系の某NPO団体の、東京圏のイベント。

NPOは、時間をもてあましている、定年退職して長生きした元中堅アル中公務員の巣窟になって、はや数年。
彼らは、きれいごとのイメージだけが欲しい中堅企業や役所から、補助金をとってくる技術だけに、長けていて。
しかしこのレベルの役人は、もともと自分で考える力がないから、もっともらしくマスゴミ受けする新しいヒト集めスローガンすら自分では考えられず。

むかしの使用期限を過ぎた最初のスローガンに騙されたメンバーは、どんどん去って。
また新しく老人が入って、そしてまた1年で去っていくのでしょう。
結果として、エコ的活動の推進よりも、定年退職高齢者の酒飲み会が集合原理になったから、自慢話ばかりの♂老人と、思考停止した♀老人が、自浄能力が無いままに、声がでかいだけの認知症老害の博覧会状態。

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一方ワタシはというと、70歳になっても政治色が無いものだから、地方役人たちには文化行政の飾りに便利らしい。

しかし、わずかばかりの文化行政費に、酒代をタカリにくる老人の影は絶えなくて。
(彼らは自称「田舎の大芸術家」)

「この原資は税金ですから、そうした出金は、あり得ないことです」と説明しても、元学校の教師のくせに、聞く耳をもたないわけで。
自分勝手な理屈で、芸術家気取りの自己チュー若者も厄介だけど、恥も外聞もなくなった老人も、始末に悪いです。


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ところで、またまたいきなり話が、数万年飛ぶんだけど(笑)

最近の人類学の研究では、フランス・ピレネー地方を中心とする地域の旧石器時代後期のオーリニャック文化に代表される、ケニア、西アジア、バルカン、ヨーロッパ、アフガニスタン、中国、など、極めて広範囲に広がる「ブレード技法」での石器を使ったクロマニオン人が、洞窟壁画や彫刻といった芸術を、4万年前に生み出したと考えられていて。
(エルカスティーヨ洞窟壁画が4万8千年前、ショーヴェ洞窟が3万2千年前。ラスコー洞窟は1万5千年前。エルカスティーヨ、ショーヴェは、確かに後期アンデルタールの棲息時期に当たるが、ヨーロッパに30万年棲息したネアンデルタールが、4万年前に突然藝術的才能を開花させたと考えるのは、無理があるだろう)

むしろアフリカを出たクロマニオンが、、「裸の猿」や「言語能力」と「妄想力」といった、ネアンデルタールに比べて幼形成熟(ネオテニー)した突然変異による能力獲得で、現人類の直接の祖先として、今に生き延びたらしい。

つまり、現人類の「毛皮の喪失と言語思考力と妄想力(=芸術と戦争)」は、同じ遺伝子による能力らしい。
(ショーヴェ洞窟の洞窟壁を、仮にデルタール人の作品であるとしても、脳の大きさから考えて、ネアンデルタールが、「イモを洗うサルの文化」ぐらいに、クロマニオンの真似をした可能性は、なくはないかも。ただし混血率は、あったとしても遺伝子で1,2%といわれてるので、むしろ遠い共通の祖先から受け継いだ遺伝子の残滓とも考えられるかも。ちなみに「ミトコンドリア・イブ」は、約16±4万年前に、アフリカに生存していたと推定されている)

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また話が逸れるのですが、洞窟壁画を調べていううちに、ネットで見れる絵がレプリカのために、レプリカ製作者の現代的描写が、壁が画像に混じっている可能性が、見えてきました。

UP絵は、左端が3万2千年前のショーヴェ洞窟、真ん中が1万5千年前のラスコー、右端は1万8千〜1万4千年前のアルタミラです。
絵の描写には、筆跡と同じように、個性や時代の技法や流行とか、いろいろな要素がからんでいて。それが時代の特徴をしめしたり、構図や色彩から、だれの影響を受けた絵なのか?まで見えることがあるのですが。
例えば、うちの親父の初期の絵は、母方の祖父が残した絵の筆跡に、良く似ています。
で、ショーヴェの立体感の描写と、特に目の描写が、20世紀に挿絵描写に似ているのです。
レプリカのそれもネット写真だけでは、なんともいえませんが、他のショーヴェの写真にも、怪しいものがありまして。
観光資源として宣伝するのに、かなり手が加わっているかもしれません。
でなければ、現代のイラスト画家に、ネアンデルタールの生残りの遺伝子が、かなり濃厚にまじっているということになります。

ワタシも絵を描きますが、親父と似ているのは、色彩です。
芸術的遺伝子は、環境的文化遺伝が大きいと思っていましたが。
環境認識を抽象化して、絵画として表現することで、対象を自分のモノにする能力は、その整合性がとれなくなる精神病とともに、クロマニオンのネオテニー化した脳の特徴じゃないかしら?


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*実は、昨日のNPOのイベントでのワークッショップで、小学2年生の女の子の絵画能力の、繊細にして鮮やかな、めくるめく展開に驚愕したんだけど。
彼女の作画過程をみていると、形というより、色の配置が優先した印象イメージが、彼女の中に湧きあがるプロセスが追いかけられました。

ただ残念ながら、そばで偉そうに口出した指導者や母親のおかげで、最後、彼女の作品は、きわめて貧相なモノに退化して終わるのだけど(泣)

それもまた現代の子ども絵画の宿命でして。
ワタシとしては、この退化プロセスも「子どもの社会化」として、大人の口出しを止めませんでしたが、一人の天才が目の前で死んでいく姿を、見せられた思いでした。

つまり芸術では、本来、幼形成熟(ネオテニー)の能力で、加齢による社会化(知識経験)によって、合理化論理化することで、本来の幼児脳の感性は退化するらしく。

例えばアルタミラが小学2〜5年生とすると、ラスコーは思春期から青年期。そしてショーヴェは、立派なそれも絵を描きなれた大人ですが、一流の芸術家ではありません。

*進化論で言えば、ネオテニーだと脳や体の発達が遅くなる代わり、各種器官の特殊化の程度が低く、特殊化の進んだ他の生物の成体器官よりも適応に対する可塑性が高くなります。
そのことで成体になるまでに、環境の変化があっても柔軟に適応することができるといわれています。
つまり現人類は、「無力な子ども」を長い期間かけて「社会化」することによって、集団としての生存力、環境への適応力をもったわけで。
逆に成熟が早かったネアンデルタールは、その可塑性の低さが、環境への適応力を弱くし、それが絶滅の原因かもしれないくらいで、芸術性をネアンデルタールが持ったという仮説は、「サルが絵を描いた」レベルで、無理がありそうです。

*ネアンデルタールは、死者の墓に花を飾ったという説がありましたが、これも眉唾で。
どーもアフリカ出身の新参者クルマニオンに対抗したいのか、ヨーロッパ先住民族のネアンデルタールを贔屓する見解が、亡霊のように出てきますね。
ショーヴェの微妙に鼻先の向きを変えて退屈を防いだ現代的嗜好の絵画は、おそらくネボケた原画をレプリカする際の、その勇み足というか、行き過ぎた例かもしれません。

なんであれ、幼児脳の芸術能力の退化を、血がにじむ思いの努力によって、「感動的を復活させたヒト」が、一流の「芸術家」ってことらしいです。


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要するに、現人類の妄想力は、脳生理学的には、遺伝子的に獲得されたもので。

つまり1万年近くクロマニオンと共存した末期ネアンデルタール人は毛皮で覆われて、クロマニオン人よりはるかに寒冷地に適応できた身体能力があったはずなのに、毛皮を失った「裸のクロマニオン」の方が遥かに寒冷地に進出していて、結局食糧の安定したヨーロッパ中心に30万年以上棲息したネアンデルタールは、4万〜2万数千年前(つまり1万数千年かけて)、ゆっくりと絶滅しているわけです。


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で、長くなったので、話を戻すと。

福岡県の自民党県連の騒ぎは、現人類の妄想力と言語能力の典型的発露じゃないかしら?

少なくとも、ネアンデルタールは、「喉の奥(上気道)が短いために、分節言語を発声する能力が低かった」と考えられるので、もともと「利権争い」という妄想合戦ゲームも持たなかっただろうけど、こうした暴言の投げ合いは、もっと生理的に出来なかったはず。

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だから、話が飛躍しますが、選挙権を、18歳までに下げるなら。
固定化したネトウヨ的な発想しかできない70歳以上の選挙権は、「2分の一」にして、「2人で、一票」にしたら、どうなんだろ?

ワタシは今年70歳になるけど、「自己チュー価値観の固定化硬直化による思考の動物化(たとえば、椅子の角につま先をぶつけて、「邪魔者め!」と、椅子に怒りをぶつける思考回路)」は、ワタシにもまったくないわけではないですが、比較的には冷静に原因を「自分の老化」に求める思考回路が復活するので、政治的環境の変化で、直接に困ることはワタシは少ないと思う。

*追伸;UP資料真ん中のラスコーの、頭を小さく描くことで疾走する速さを表現した馬ですが。
これとそっくりに表現された疾走する馬の絵が、戦前に農耕馬・軍馬の生産地であった東北で、神社に奉納された絵馬に残っています。

クロマニオンと現代人の、抽象能力と、その表現力が、基本的に共通する遺伝子によって、大枠は決まっているのではないでしょうか?
戦前の田舎の博労が、1940年に発見されたラスコーの絵を知っていたとは、思えないのですが。


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