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2015年02月20日07:06

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二期会「リゴレット」(初日)

指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:ピエール・ルイジ・サマリターニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団
マントヴァ公爵:古橋郷平
リゴレット:上江隼人
ジルダ:佐藤優子
スパラフチーレ:ジョン ハオ
マッダレーナ:谷口睦美
ジョヴァンナ:与田朝子

 3年前にナブッコを聴いて驚いた20代指揮者だが、さらに格段の成長を見せていた。しかし、いったいどこまで伸びるんだろう。思わずつぶやいたが、この曲で指揮に関してこれ以上のことができるとは考えられない。ムーティ等が目指したことを同じように追求し、ほとんど完璧に成し遂げていると言えよう。

 全曲に渡って一切音楽に頼って流すことが無く、すべて一度自分で消化して再構成している。しかもその再構成は自分勝手なもの、突出したものでなく、ヴェルディの本筋と完全に一致している。聴いていて、そうヴェルディはこう書いているんだ、これがヴェルディなんだ、と何度思ったことか。

 指摘しようとすれば限りがないが、一例を挙げるならば、第三幕の四重唱から三重唱、ジルダの殺害に至る場面。ヴェルディ最高のページのひとつだが、めんどくさい重唱は適当に扱い、殺害の音楽で盛り上げて終わりという指揮者がいかに多いことか(典型はこの間のスカラ来日の指揮者)。しかし、彼の場合、四重唱から三重唱の声とオケ・嵐の合唱の絡まり合いを恐ろしいほどの緊張感を持って、繊細に有機的に描き出す。それがあるから、はじめてジルダ殺害の音楽の恐ろしさがわかる。ヴェルディがそう書いていることは知ってるんだが、それが現実に音化することはめったにない。ムーティ・スカラでさえここまではいかなかった。実演では、はじめて聴くことができたかもしれない。

 歌手はいつもの二期会だが、指揮に引っ張られてそれぞれの限界を越えていた。上江は今までナブッコなどを聴いてきて、声はいいけれど表現の踏み込みがと思っていたが、昨日は思い切ったいいリゴレットだった。第三幕なんかは、目をつぶっていればブルゾンが歌っているのかと一瞬だが錯覚した。声の伸ばしや表現などは、すべて指揮者から指示が出ていたが、指示が無くてもこれぐらい歌えるようになれば、大切な持ち役になるだろう。 

 古橋はまだ若いテノールで荒削りだが、いいものを持っている。このオペラ重唱などでテノールが引っ張らないと駄目だが、死ぬ気で頑張っていたのがわかった。最後の方は少々ガス欠気味だったが、このくらいやってくれれば文句はない。

 佐藤も若いソプラノなのだろうか、初めて聴く名前。声はいいレッジェーロだと思うし、アリアも悪くなかった。少し弱いのは、これからの舞台経験だろう。ジルダなのでそれでも気にはならない。周りがハイテンションで入っていたので、第三幕から参加の谷口は出だし厳しかったが、三重唱はよかった。マッダレーナの声と心情がしっかり聴けたのは、指揮者の指示もあるだろうが、これもあまりないこと。ハオはいつものように安定。低音は、この安定が重要。
 
 オケは、前奏曲からいつものオケとはとても思えない。「なんということでしょう」というリフォーム後のよう。主席客演指揮者に就任ということだが、よくこの指揮者つかまえた、これは快挙。トゥーランドットを演奏会形式でやるようだが、これはなんとしても行かなければ。プッチーニ最後の大傑作、しかもなかなかその真価が示されない難曲をいったいどのように料理するのか、できるのか、今から楽しみ。定期会員になるわけにもいかないので、一回券発売を願うしかない。
 あと3回あるが、私は同じキャストの土曜日に参戦。あのヴェルディをもう一度聴けるのは幸せ。 


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