mixiユーザー(id:21004658)

2015年02月08日02:07

126 view

月の雫 2.


「 月の雫 」 (小さな娘たちの為に)



2.

 赤アリ隊長と月の妖精。大勢の兵隊が従います。赤アリ女王は土の中。大きなお城を造ります。白い小さなたくさんの卵、それはアリの子供たち。お城の中は大忙し、子守に休みはありません。女王は一日、城の中、唄を歌って暮らしています。

「可愛い可愛い坊やたち♪ 早くここから出て来なさい♪ 早く小さなアリになり、義の有る虫と成りなさい♪」

 さてさて、蟻は働き者です。大昔よりこの名前。きっと昔の人々も、働くアリを見ていたのです。

「女王様、女王様、お知らせします。お客人の、おなりです」

 執事が女王に伝えます。見下げれば赤アリ隊長、月の妖精、その可憐な姿。その美しさに目を見張り、歌うたいすら忘れます。

「あらら、貴方はどなた。なんと可愛いお客さん。貴方のために歌いましょう、……」

「いいえ、いいえ、女王さま。私はこれでも、月よりの使者。女神の願いを聞き入れたまえ」

「あらら、それは何なのでしょう。月……、ああ月よ、それを見たのは幼い日。月よりの使者と言うならば、なんと嬉しい事でしょう」

「大きな立派な、お城と言えど、樫の木の根が守ります。その樫の木の洞の中、旅人が雪の寒さに凍えています。その旅人は善人なので、女神は救うと決めました。どうかどうか女王さま。女神の願いを聞き入れたまえ」

「なんと賢い娘でしょう。お城の秘密を知っているとは。そして女神の激しい想い。どうして私が断れましょう。けれども私は動けない。卵を生むのが私の宿命。これ隊長よ、聞きなさい。娘の命は、私の命と思いなさい」

 赤アリ隊長、畏(かしこ)まり「きっと、必ず、仰せの通りに……」

 月の妖精、頬を染め「女王さまと、お城のアリ達に栄あれ。悉(ことごと)くの命に栄あれ」 言葉はアリ女王の胸に響きました。それは月の女神の想いでありましたから。



 困ってしまった、赤アリ隊長。「何をすれば良いのだろう。私は何を、するのやら。させられるのやら、……」

「あら隊長さん。ご心配なく。私をこの森の灰色熊に会わせてくれれば良いのです」

「な、な、なんと、灰色熊に……。のっしのっしと歩いては、我らを踏みつけ殺してしまう、あの恐ろしい灰色熊に……。この森一番、荒くれ者の……。あの熊の寝座(ねぐら)に……」

「あらら、そうなの。困った事ね。でも、私は使命を果たさなければ。女王様も言ったでしょ。……」

「はい、判りました。確かに女王さまの命令であります。私は命を掛けましょう」 赤アリ隊長勇ましく、勇気を奮って答えました。



 赤アリ隊長、急げども、その体の小さい事、足の短い事。せかせか、せかせかと足を運べども、なかなか前へと進みません。それでは妖精も困ります。

「もし隊長さん。私の背中にお乗りなさいな。そして道案内をお願いします」

 言ったすぐさま妖精は、アリ隊長の手を取って、そして背中に、一っ跳び。

 暗いトンネル月の灯り。照らす間もなく進んでゆきます。

「こっち、こっち、あっち、あっち。右、右、左へ。上の方、下の方、……」

 蟻のトンネル四方八方。あちらに、こちらに、伸びてあります。そして細く暗い曲がりくねった一本道。灰色熊の寝座に伸びます。

 どうしてかって。熊さんのお家と体には赤アリたちの食べ物があるのです。それは熊の「食べかす」なのですが、冬のアリたちのご馳走くらいにはなるからです。それは赤アリ兵隊たちの命を賭けた任務であります。



 少しの間に熊の寝座、森一番の力持ち。そして傍には二匹の子熊。熊たちはすやすやと眠っています。小熊は時々目を覚ましては、そしてオッパイにありつくのです。灰色熊は、子熊たちのお母さんです。

 おっかなびっくり、赤アリ隊長。トンネル出口で待つことに。月の妖精、一っ跳び。灰色熊の耳の中。そうして、そっとささやきます。

「おかあさん、お母さん。起きてくださいな」

「だれだい、私を起こすのは……。わたしゃ、まだまだ眠っていたい」

「私は月の女神の妖精です。どうか話を聞いてくださいな。この森一番大きな樫の木。その下にいる旅人を助けてくださいな」

 灰色熊はびっくり仰天、目が覚めました。月の妖精、耳から出ては、母熊の前に現れ出ます。熊の眠たい目にさえも、見えるくらいの大きさに。

「なるほど、貴方は月よりの使者。なんと光々≪神々≫しい姿だろう。きっと確かなことだろう。さてさて小さな子熊たち。さあさあ早く起きなさい」

「眠いよ……」

「オッパイ、いらない……」

 それを見ていた月の妖精。楽しい歌を唄います。そして子熊の目の前で、飛んだり跳ねたりダンスをします。

「あはは……ダンスを踊るあなたは、だーれ」

「わくわくしちゃう。楽しいな……」

 月の妖精は知っています。子熊たちの好奇心を。誰だって楽しい事は大好きです。

「さあさ。みんなでパレードだ。ほらほら私についておいで」

「御用は済んだ」と赤アリ隊長。暗いトンネル戻ってゆきます。



 冬の蒼穹(そうきゅう)宙(そら)高く、オリオン、牡牛座、大犬座。月の女神は見ています。そうして道を照らします。灰色熊は光を受けて、大きな背中は黄金の色。

 のっしのっしと母熊は、子熊はよちよちよちと歩きます。そうしてまもなく樫の木下。大きな荷物を押しのけて、灰色熊は旅人の横。小熊達さえ旅人に。月の妖精、一安心。女神が歌う子守歌。みんなに唄って聞かせます。

「やっぱり、みんなが来てくれた。だったら、みんなとこのままに」 リスもようやく眠れます。もしも誰も来なければ、リスさんだって凍え死にます。

 大きな立派な樫の木の、洞はみんなの寝床となりました。



 朝まだ暗い森の中。それでも太陽、高くなる。眼を覚ましては旅人は「ややや、こいつは、どうしたことか。ここにいるのは熊じゃないか。私を抱いて温めたのか……」

 月の妖精、大きな姿。月の女神のその姿。旅人、驚き、畏まり、ただただ「有り難や、有り難や……」と、大きな涙を溢(こぼ)します。

 思いついたは、大きな袋。皆にみやげを取り出して、母親熊には鮭の干物を。小熊達には娘のおもちゃ。そしてリスにはお菓子など。

「これは私の気持ちです。良ければ、どうぞ受け取り下さい」

「私はお腹が空いているので、鮭の干物を頂きます。おもちゃはあなたの子供のでしょ。この子たちには無用です」

 そう返事して 灰色熊は、鮭の干物を咥(くわ)えます。それを見ていた小熊達、匂いに惹かれて干物を見ます。そうなったなら、おもちゃの方は忘れているのです。

「ややや、こいつは美味しそう。それでは私も小さいものを」

 言うが早いか、リスは小さなお菓子を一つ、咥えて小屋へと一目散。熊は歩いて洞を出ました。

「月の女神さま。こんな私を助けてくれて……、お礼の言葉も見つかりません」

「いいえ、貴方はいつも私を眺めていました。私もあなたを見ていたのです。さあさ早く旅立ちなさい。二人の子供も、貴方の奥さんも、夜毎に私を見あげていましたから……」

 この時、旅人は気づきます。月の女神のその顔は、愛する妻の面影です。そして二人の幼い娘たち。彼は月へ、祈っていました。「みんな、元気でいておくれ」 その願いを、それは誰もの願いだけれど、月の女神は皆の分も、見て聴いているのであります。

 そう言うと、月の女神の、月の精。そろそろ月へと帰るのか。洞の出口に翻ります。外より洞へと零れる光に、すうっと溶けていくのでした。

 洞に残った旅人一人。真(まこと)の事と思えども、それでもあまりの不思議さに、指でほっぺをつまむのでした。

「痛ててててて……。夢じゃねえ。おいらは命を助けられた。月の女神と森の生き物。有り難や、有り難や……」

 そして旅人は、大きな袋を背に負って、元来た道へと出てゆきました。春・夏・秋と旅人は北の海にて魚を取ります。『四季の花咲く国』というのが、この旅人の故郷です。昔々の話ですから、この旅人は幾つかの国を超えてゆきます。



 つづく

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する