mixiユーザー(id:18372180)

2015年01月25日23:32

361 view

中学生日記

金曜の夜、小中学校の旧友から突然飲みの誘いが来た。次の日も仕事だったけど地元だからすぐ駆けつけた。彼と会うのはかれこれ3年ぶりである。中学卒業以来、一度も会っていない人もいた。その人には中2の一学期に泣かされた記憶がある。当時、彼は剃り込みを入れて登校するくらいとっぽい奴だったので、そりゃ卓球部の一人や二人泣かすだろう。
その後、僕が仲間内で披露した担任のモノマネや不良のイラストがクラスのマイルドヤンキーの目にとまり「アイツは気合入ってる」と高く評価され、そのとっぽい奴とも和解し楽しい中学校生活を送れた。


その夜は僕の交友関係の中で最もリア充な友達とそのとっぽかった人と飲んだ。リア充はリア充を通り越してもはやパーティーモンスターの域で僕とは生きてる時間軸が違うなと思った。とっぽかった人は以前の勢いはなく別人のようなダウナー系になっていた。中学の時点でほぼ人格形成は出来ていたものだと思っていたが、そうではなかった。
いまだにフリーターと言ったら一笑いあるかと思いきや二人共フリーターだった。


思い出話に花が咲き、丑三つ時まで5時間も飲んだ。


当時から思っていたが私の中学はおかしかった。教員や学級委員連中が団結とか青春とか感動の意味を履き違え、芝居掛かった過度な演出をしていた。運動会や修学旅行の前に教員に学年全体が怒られ、そこから気持ちを入れ替えて取り組み行事は成功し大団円で涙!という定例を3年間繰り返させられた。最後の方は怒られるネタもなくなり、地域の夜祭に行ったとか、眉毛を整えたとかで怒られた。私は祭りも行ってないし眉毛もイジってないのに連帯責任ということで怒られた。
僕と山田君は「反体制」を掲げ、体制に断固屈しない姿勢であった。そのレジスタンスを私は今でも誇りに思う。

もっと遡ると小学校もおかしかった。イジメの法則として「一人対集団」というのがあるが、一人の暴君に集団がいじめられるというコペルニクス的転回であった。一人でクラスの2/3以上をいじめる、たいそうジャイアニズムに溢れた猛者がいた。


なんだかんだで色濃く楽しい少年時代だった。と昔を懐かしんだ後、今の話に。パーティーモンスターの彼のfacebook情報によると、もう結婚・出産等のライフイベントをこなし、人の親になられた方もかなりいるらしい。子育てとは発見と感動の連続だと聞く。
今年の正月、タコあげをした際、タコの糸をリュックに結べばリュックを背負うだけで遥か上空でタコが自分のあとをついてきて楽だしペットの散歩みたくて面白いということを発見し、三が日のブックオフ20%オフセールでドラゴンボール全巻揃えて感動した僕とは大違いである。

0 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する