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2015年01月23日22:53

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バージン女王の隠れ夫とその子供(ベーコン)

■ドラマ『残念な夫。』の“育児あるある”に共感の声殺到! 経験者が語る「産後離婚」を避けるポイント
(ウートピ - 01月23日 12:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=184&from=diary&id=3239605

エリザベス一世の隠れ夫とその子は誰・・・

『フランシス.ベーコンの謎1』
フランシス.ベーコン(1561?1626)(Francis Bacon)
http://blog.goo.ne.jp/ramni/e/718ae346ae225adee30e6a2e0dbc7957

イングランド近世(ルネサンス期)のキリスト教神学者、哲学者、法律家である。

父親はエリザベス1世の国璽尚書を務めたニコラス・ベーコン。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3
母親アンはギリシャ語、ラテン語、フランス語、イタリア語に堪能な才女であり、ベーコンは、幼い頃からとびきりの教育を受けていた。
12歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。その後、ロンドンのグレイ法曹院で法律を学ぶ。

23歳で国会議員となり...中略.、

1605年に『学問の進歩』を出版する。
1606年、45歳のときに14歳の少女と再婚!(これってよく分からない?それにベーコンは同性愛者だったとも言われているし)

1607年に法務次長になったことを皮切りに順調に栄達し、1617年に国璽尚書、翌年には大法官となる。

1621年、汚職の嫌疑を受けて失脚。4日間ではあるが、ロンドン塔に閉じ込められもした。この時代の宮廷つとめの偉い人たちは、多かれ少なかれ一度は投獄されています!

これが、ジィニアスなベーコンにしては、ちょっと残念な人生の終わり方なんですが..

隠退生活の中、鶏に雪を詰め込んで冷凍の実験を行った際に悪寒にかかり、それがもとで亡くなったと。

以上がベーコンの一般的な、ざっと経歴。

*まず一つ目の謎は?
フランシス.ベーコンは、エリザベス1世とレスター伯ダドリーの隠し子である。

フォト


レスター伯ロバート.ダドリーはエリザベスの幼なじみで、結婚を考えたほどの恋仲だったのは周知の事実。

しかし、周りの反対は強硬で,結果的には、1560年9月にダドリーの当時の妻が階段から転落して死亡すると、大きなスキャンダルとなり、多くの人々が女王と結婚するためにダドリーが妻の死を企てたと疑った。

ダドリーとエリザベスの共謀説が流れたため、結婚を断念。実際は乳がんを患っていたとか、自殺説とか、真相は分かっていないらしいですが。

エリザベス女王とレスター伯ダドリー ベーコンの本当の両親?

しかしながら、1560年、女王がレスター伯の子を宿したという噂が立ちました。

噂を流したというかどで、実際に、何人かが投獄されています。

ベーコンが生まれたのは、まさにその翌年。

さて、その頃にエリザベスの妊娠してたかも?!という肖像画がこれ!
フォト


この謎に充ちた絵はハンプトンコートにあるそうです。

マタニテイドレスのクイーンエリザベス? 右下の額縁様の中に書かれているのがベーコンの、不当な運命にたいする泣き言ソネットらしいのです。
実際、この絵にコメント出来る人は、関係筋でもいないらしい。これは時空をを超えた王室の秘密か
それにこんな絵もあります。女王と愛しげな一人の子供が!

"A Queen and Her Son," a drawing attributed to NicholasHilliard (1547-1619), from the British Museum.

フォト


確かに、この肖像画はミステリアスですね。書かれた年代といい、書いた画家といい、

まして、タイトルが

"A Queen and Her Son"

由来としては、由緒正しく思えますし、どんな意味が込められていたんでしょうか?


それから、ベーコン派はこのようにも..。

フランシス.ベーコンの目の色はブラウン。

しかし、ベーコンの両親の目の色は、二人ともグレイ、その子供がブラウンになることは突然変異に等しく、その確率は10万分の1以上だという。

それに対して、エリザベス1世、ダドリー共に目の色はブラウンだと。

若き日のベーコン。可愛いですね。

これを描いたのも上の肖像画と同じ作者。時の宮廷画家Nicholas Hilliard (1547-1619)です。

ベーコン派は似てると言うんですけど、どうでしょう?

ベーコン(左)        噂の父親、エリザベスの恋人、レスター伯ダドリー(右)

もちろん、それだけではなく、誇り高く伝統あるベーコン派は、いくつかのソネットや、ベーコンの手紙などで、この説を支えています。

ベーコンの出生は秘密にされて、彼がそれなりの処遇をされなかったことを、悲しみ恨んだ..らしい複数のソネットを、彼がエリザベスとレスター伯の隠し子だという根拠の一つとして、ベーコン派は揚げています。


また、ベーコンが18歳での父親を亡くした時、充分な遺産相続を受けなかった。

遺産は彼の母親が相続し、ベーコンには、一切、情けをかけなかったとか。

母親からも冷たくされたのは、本当は女王の子だから、女王がめんどうを見るだろうと期待されたからだと。

なるほどね..割合と説得力あります。私もベーコンがエリザベスの隠し子なら..面白いなと思っていますが..。あり得る事じゃないでしょうか..ね?

ちなみに、通説の両親、ニコラス.ベーコンとアン.ベーコンはこれです。

それにしても、ベーコンが実の子だとすると、ずいぶん冷たい母親ということになりますね。父親が死んだ途端に、ベーコンは経済的に窮乏し、留学先から帰国せざるを得ないほどだったんですから!


*二つ目の謎

フォト

フランシス.ベーコンとエセックス伯ロバート.デュヴァルは実の兄弟である。

ベーコン派によるとエリザベス女王と象徴と暗示的な二人の子供の肖像画をあげています。

この肖像画からのベーコン派の謎解きはと言うと?

この二人の子供とは?

船の櫂を持っているのがベーコンを表わしている...彼はエリザベスの跡取りとして王座を約束されていたという。何故なら船の櫂は、国を治め、国を導くという象徴であると。

また、

殉教や苦難を暗示する羽根を持っているのが、エセックス伯ロバート.デュヴァルを表わしていると。

彼は女王の寵愛を受けていたにもかかわらず、謀反を起こし、最終的にロンドン塔で処刑されました。そのとき女王は涙にかきくれたということです。

エセックス伯ロバート.デュヴァル(1566?1601)とは?

初代エセックス伯ウォルター・デヴァルーとレティス・ノリス(Lettice Knollys)の子として、カンブリアに生まれた。ただし、父親はエリザベス1世の寵臣を長く務めた初代レスター伯ロバート・ダドリーだという説もある。

母方の曾祖母メアリー・ブーリンは、ヘンリー8世の2番目の妻でエリザベス1世の母親であるアン・ブーリンの姉だった。(映画になりましたね”ブーリン家の姉妹”)

なるほど..少なくとも、エリザベス1世とも血縁ということになりますね。

つまり、噂のレスター伯ダドリーがエセックス伯ロバートの父親なら、エリザベスとも血縁であると同時に、ベーコンとロバートは異母兄弟ということになるんですね。

しかし、やはり、ベーコン派はそれでは済ませません。

エセックス伯ロバートが処刑されたロンドン塔の内部の壁にロバート.チューダーというサインが彫られているのです。
調査によると、ロバート.チューダーなる人物が投獄されたという記録は無いというんですね。

これは、エセックス伯が、エリザベス1世に連なるチューダーの家系だということを、最後に世間に知らせたんじゃないかという見方が出来る..ベーコン派は、これは、れっきとした証拠じゃないかと。

そして、エリザベス1世のふたりの息子、長男はフランシス.ベーコン、次男がエセックス伯ロバート.デュバルは直系のチューダー兄弟だというわけです。

ベーコンも、また、自分の祖父はヘンリー8世、(つまりエリザベスの父親)と書いているそうですし、チューダー家のシンボル白薔薇を、出版物などに使っていたそうです。


(う〜〜ん、確かに生まれ育ちがふたりとも、ちょっと複雑かもしれない..。父親を早く亡くしたり...それに、たしか、ふたりの後見人はエリザベス1世の宰相、バーリー卿ウイリアム.セシルだったしね。
この人は別人説の筆頭候補、オクスフォード伯の後見人でもあり、自分の娘をオクスフォードに嫁がせている。別人説に連なる人物たちにも、様々な影響を及ぼした、ウイリアム.セシルは極めて、重要な登場人物です!
そうそう、また、バーリー卿はベーコンの叔父にもあたります)

それはそうと、

レスター伯ダドリーと結婚するとき、レティス.ノリスは妊娠中で、前夫、初代エセックス伯ウオルターとの子供が宿っていて、ダドリーとの結婚では、ロバートは彼女の連れ子となっているんですが、これがまたもや、ベーコンの時と同様に、実はレスター伯ダドリーとエリザベスとの二人目の子だったってことでしょうか?!

秘密裏に、そのようにアレンジされ、完全に隠蔽されたということでしょうか?

中略
それにレスター伯が女王エリザベスをあきらめて、勝手にレテスと結婚した時、エリザベスは、カンカンに怒ったという話もありますし。

けれども、事実は小説より奇なり、ましてや世紀の舞台裏、超セレヴの背景や状況に於いては、このようなことぐらい、平気であり得るとも言えますよね。

さて、

*三つ目の謎とは?

以下略
それは、また、

次の、フランシス.ベーコンの謎2へ続きます。

それから、謎ではないですが、ほんとはベーコンの存在として、その後の世界に一番重要な意味を持った、彼の哲学者として功績なども

シィクスピア別人説1『シェイクスピアは誰か?』は、

http://blog.goo.ne.jp/ramni/e/c42499e2f5df80d829a609592f4996d3

http://blog.goo.ne.jp/ramni/e/718ae346ae225adee30e6a2e0dbc7957
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エリザベス一世とは33才差
ロバート・デヴァルー (第2代エセックス伯)
Robert Devereux, 2nd Earl of Essex, ★1566年11月10日 - 1601年2月25日)は、イングランド女王エリザベス1世の寵臣。
軍事的英雄だったが、1599年のアイルランド九年戦争(Nine Years' War)の遠征に失敗後、女王に対し謀反を起こし、反逆罪で処刑された。
父親はエリザベス1世の寵臣を長く務めた初代レスター伯ロバート・ダドリーだという説もある[1]。
母方の曾祖母メアリー・ブーリンは、ヘンリー8世の2番目の妻でエリザベス1世の母親であるアン・ブーリンの姉だった。

※エセックス伯
エセックス伯の位が最初に創設されたのは12世紀で、ジェフリー・ド・マンデヴィルに与えられた。その後、何度か消失と創設を繰り返し、現在のエセックス伯は★1661年から始まる第9期にあたる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E4%BC%AF
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新アトランティスの秘密の王
The Secret King of New Atlantis

"A habit of secrecy is both politic and moral." ~Francis Bacon
Lies, Spies, and Deep Cover

http://ionamiller.weebly.com/secret-king-of-new-atlantis.html

38歳のときの子
1533年9月7日 -グレゴリオ暦1603年4月3日(ユリウス暦1602/3年3月24日))
エリザベス は、彼女 が彼ら を継承 に 入れるか どうか 、決して よくわかりませんでした 。
Francis Bacon ( 1561-1626 ) , firstborn of two unclaimed children of Elizabeth I and Sir Robert Dudley , Earl of Leichester , is the true author of Shakespeare 's works .

フランシス・ベイコン ( 1561-1626 ) 、 エリザベス1世 と R・ダッドリー (Leichester アール )の 2人の 要求されない 子供たち の 初子 は、シェークスピア の作品 の 本物の 作成者 です 。

ロバート・ダドリー (初代レスター伯)
1533年9月7日 - 1588年9月4日


レスター伯位
レスター伯位はエリザベス1世の寵臣ロバート・ダドリーに与えられた。しかしダドリーは継嗣なく死去し、伯位は空位となったが、伯位は彼の甥ロバート・シドニーのために再び創設された。伯位とともにロバート・シドニーは従属爵位となるリール子爵の位を1605年5月4日に授けられた。
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1590年代−フランシス・ベイコン卿は、北アメリカが植民される詳細な計画を、1590年代前半に始まって、開始しました。
彼はバラ十字会員の協会の最高のマスターで、ヘルメット[同上、123-129ページ]の非常に秘密のナイツを確立しました。

そして、社会がバラ十字会派の線に沿って確立されました。
そして、ようやく、彼の本、ベーコン石造り、ISBN 1-56459-108-5でフリーメーソンの著者(ジョージ5世Tudhope)によって特派されるように、ベーコンはフリーメーソン団の主義の現代の起源に対して責任がありました。そして、ケッシンジャーの出版によって転載されました。 このように、「コロンブスの前の数千年も、これまでに出航しました」と、我々の最初の超自然的な祖先の超自然的な活動が上記が単に当初考えられるオカルト図面より熱心に仕事をするだけであることであると言ったために、我々は見ることができます!

1590年代にフランシス・ベイコン卿によって特に心に描かれるように、我々のフリーメーソンの祖先は単にオカルト図面の詳細に続いているだけでした。そして、彼が精神を導くことによって彼を提供される展望によって動きました。

1590's - Sir Francis Bacon, beginning in the early 1590's, began the detailed plans by which North America would be colonized. He was the supreme adept in the Rosicrucian Society, and established the super secret Knights of the Helmet [Ibid., p. 123-129], a society established along the lines of Rosicrucianism. And, finally, Bacon was responsible for the modern birth of Freemasonry, as detailed by Masonic author, George V. Tudhope, in his book, Bacon Masonry , ISBN 1-56459-108-5, reprinted by Kessinger's Publishing. Thus, we can see that the occult activities of our original occult Forefathers mentioned above was merely the outworking of an occult plan originally conceived "thousands of years before Columbus ever sailed"! Our Masonic forefathers were merely following the details of the occult plan as envisioned specifically by Sir Francis Bacon in the 1590's, operating according to the vision provided him by his Guiding Spirit.

http://www.theforbiddenknowledge.com/hardtruth/uspresidentasmasons.htm
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同名の子孫(となっているけども、血のつながりはナイ)

ロンドン旅行記 3日目 フランシス・ベーコン展 2008/10/04
http://dorianjesus.cocolog-nifty.com/pyon/2008/10/3-4d6e.html

フランシス・ベーコン展は★<9月11日>★に始まったばかりで、最初の週末ということでかなり混雑していた。
多分に漏れずテート・ブリテンは入場無料なのだけど、その分特別展の入場料が高くて、12ポンド(およそ2400円)もする。
しかし、大変充実した展覧会で、この代金を払って観に行って良かったと思った。

哲学者フランシス・ベーコンの子孫にあたる彼は、裕福な軍人の家庭に育つものの、17歳の時に母親の服を着ているのを見つかって勘当される。正規の絵画の教育を受けず、インテリア・デザイナーとして出発。裕福な政治家の恋人となり、そしてアーティストとして次第に名を成していく。

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