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2015年01月22日11:18

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食欲じゃないほうの「いただきます」

【DATA WATCHING】「いただきます」と声に出して言う人は35%
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=144&from=diary&id=3236009


キリストにおける油注ぎの意味とは
http://okwave.jp/qa/q6742420.html

メシア。Messiah

この単語をヘブライ語で<油を注がれた人>という意味を持ちますが、ギリシャ語(コイネー)にはその概念のある単語は無かったので、翻訳されたとき、ギリシャ語で救世主を意味するキリストとしたので、メシアの概念が救世主となってしまったのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A2

1[the Messiah]救世主:
a【ユダヤ教】 (ユダヤ人が待望する)メシア.
b【キリスト教】 キリスト.
2【可算名詞】 (被圧迫者・国家の)救世主,解放者
http://ejje.weblio.jp/content/Messiah

で、油を注がれた人とは何かというと、油を塗られた人ってことです。
大祭司も就任の儀式か何かの時、油を塗られていたのだそうです。 <頭>に。

で、これは、古代のインド方面の宗教儀式だったそうです。
女神に選ばれた男が、女神の地上の体現者と結ばれる(性交をする)際に、女性にナニを挿入しやすいように、チンコに油を塗っていたのだそうです。 ><;

女神に選ばれた男ということで、油を塗られた者となっていた。

その宗教派閥の人が、後にパレスチナと呼ばれるところに移住してきて、隠遁生活をしていたが、そのスタイルを真似て仲間で集まって生活をしていた人たちが、ナザレと呼ばれており、その人たちが住む地域がやがてナザレの町となったらしいです。
ですから 旧約聖書にはナザレという町の名前が出てこないのだとか。

で、宗教スタイルも影響を受けて、油を塗られた者も移植されたのですが、神によって選ばれた男という概念が取り込まれ、頭に塗るようになったのだそうです。

ヨーロッパのどこだったか忘れましたが、大都市の地下を都市計画かなにかで工事のため彫っていたら、地下に大きな岩が祭ってあったのだそうです。

「おお 本当にペトロに岩の上に町が作られとる」とびっくりしたらしいですが、これは古代からの概念で、ペトロ あるいはぺトラというのは岩の意味で、男根岩崇拝があったんです。

たくさん子供を持っている男は、女神から祝福を受けて子沢山という考えがあったので、岩を男のナニとしあがめていたんです。

古代の遺跡住居跡から 土偶みたいなのがたくさんでてきて、クビから下は人間なのですが頭だけチンコの形・・・・
男岩崇拝の証ですね。

そういうわけで、油を塗られたものは、もともと女神から選ばれたのでたくさんの子供を恵みとして与えられた男 という概念があって、それが選ばれた男は油を塗られるとなり、油を塗られたもの=メシア と呼ばれるようになり、女神崇拝が紀元前3500年頃で終わりを迎え、男神崇拝に変わっていって、名残そして男神から選ばれた男ってのが、メシアとなり、大祭司になると儀式として頭に油を塗っていたのだそうです。

もちろん ユダヤ教は一夫多妻http://www.nunochu.com/bible/faq/q_ipputasai.html
だったので、大祭司はたくさんの妻を持っていて、当然子供も多かったわけです。
逆に 結婚をしたのに子供に恵まれなかったら、神から呪われた者とされたので、祭司になったのに結婚後子供ができなかったら、大祭司にはなれないってことですね。

神との契約で神から祝福をもらったものは、子沢山となったと書かれている。
だから、神から祝福されたという意味は、神から権力をもらったとか、裕福になったとかじゃなくて、子孫が豊かになったて意味。

なぜか神から祝福されるってのが、別な意味だと勘違いされて残っていますが、聖書には明確に「祝福され子沢山となった」って書いてあります。

ただしぃ もともとは女神に愛され選ばれた、女神によって子孫をたくさん与えられた男って意味。

カッパドキアはキリスト教徒が住んでいたらしいが、、、岩を見ると「きゃ」って思う。
フォト

そこに住んでいたって、子沢山に恵まれますようにってあやかりで住んでいただけで、迫害されて住み着いたんじゃないんじゃないかと。

ちなみに彼らが移住してきたときは既に住居としてできあがっていて、先住民はクロマニヨンだったといわれています。

キリスト教徒がクロマニヨンを殺して住居を奪ったのではなく、既に廃墟だったらしいですが、、、
クロマニヨンも、この岩の形が気に入って子沢山を願ってあやかって住んでいたんでしょうかね。

http://www.wallpaperlink.com/bin/0709/03888.html

これが油を注がれた者の御神体?

ぺトラ神殿にこれと同じものがあったのかはわかりませんが、、、 ぺトラ(ペトロ)と名前がついているし、あの地方にも男根岩崇拝はあったそうです。
あ、、こっちは女陰のほうですね。


ダビンチ:「結局 男岩崇拝 性交崇拝じゃないか」
http://ameblo.jp/sonosono159/theme-10020787262.html

フォト

って言わんばかりの絵画ですね。
http://okwave.jp/qa/q6742420.html
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●ヒエロス・ガモス Hieros Gamos
「聖なる結婚」を意味するギリシア語由来の言葉で、神婚、聖婚、聖体婚姻ともいう。
聖婚は神話や儀礼などにみられる男女二神の交合や神と人の婚姻のモチーフである。

創世神話において世界の創造をもたらした天の神と地母神の交わり、豊穣をもたらす男神と女神または神と人の結婚を模倣した祭儀、中世ヨーロッパにおいて修道女が神の花嫁と呼ばれたこと、などが聖婚の例として挙げられる。
聖婚は、象徴的な意味を持つ古代の儀式であり、一般的に春に行われる。

これは冬が生命活動に乏しく死を象徴するため、春はそれからの蘇りと考えられたことによるもので、死と再生の儀式の一環である。

多くの場合参加者は、儀式の対象となる神と交信し、自身が神の属性を帯び、そして彼らが結婚することによって、彼ら自身と彼らの土地、そして彼らの民と都市国家の利益のために、象徴的かつ文字通りの豊穣がもたらされるよう祈念した。

この儀式は、宗教の主権者と神殿娼婦 (en) によってしばしば実施されていた。 by Wik

せいしょう 【聖娼】

小アジアから東地中海沿岸一帯の古代社会に分布していたという慣行で、大地母神を祭る神殿に処女が参籠し、見知らぬ男に身をまかせ、そこで得た報酬を大地母神に奉献するといった風習。後二世紀頃まで存続していたといい、大地の豊饒を祈る意味があったという。
聖娼の形跡は古代日本でも認められるという。
遊女の起源を聖娼に求める説がある。
http://www.weblio.jp/content/%E8%81%96%E5%A8%BC

キリスト教の「ミサ」も、この仏教の内道場と関係があるようです。

「ミサ」とは、一般人の礼拝が終わった、と告げた後に、特殊な信者による秘密儀式のことであるわけです。
その時、信者は赤い葡萄酒を飲むのです。それは、仏教の般若湯を飲むのと同じようです。

バラモン教・マニ教・ゾロアスター教と仏教が融合した密教では、ハオマ酒、ハシッシュ麻酔剤、大麻、水銀薬などの向精神薬物を使用することは公然の秘密です。

だから、空海が発明した真言宗の密教から、真言立川流が生まれたのも納得できます。

仏寺の表向きは、高度文化伝道施設であるけれども、裏の機能は「娯楽施設」でもあったわけです。

「聖婚」の祭祀者である藤原氏は、この仏寺の娯楽施設により、貴族・豪族を取り込んで朝廷での勢力を増していくわけです。

この仏寺の「ハレム」は後に、「本能寺の変」直後の山崎の戦いで、明智光秀をイエズス会の密令により裏切った徳川家康を憎む、明智末裔「お福・後の春日局」は、藤原氏・近衛家に取り込まれ「春日局」となり、徳川家康の死後、江戸城内に「大奥=ハレム」を開設すのです。・・・

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秘儀宗教としてのイエスとキリスト教
http://morfo.seesaa.net/article/198921391.html

「死して復活する神」というキリスト教のイエス像は、ユダヤ的伝統からだけでは生れ難いもので、そこにはオリエント・ギリシャの秘儀宗教からの影響もありました。
キリスト教は信仰だけではなく、「洗礼」と「聖餐」という秘儀(秘跡)を行うことによって救われると考えました。
また、一部の秘教的なキリスト教では、他にもこの2つ以上に重要な秘儀があったようです。
「塗油」、「洗足」、「聖婚(花嫁の部屋)」、「救済」などです。

これらの秘儀には秘儀宗教の大きな影響があります。

中略

パンとワインの「聖餐」は、直接的にはゾロアスター教からクムラン教団にいたる流れを受け継いでいるかもしれません。
その本来の意味は、終末時に永遠の生命を得る饗宴の先取り的な儀式です。
ですが、パンとワインをイエスの肉と血と見なすという見方は秘儀宗教の発想です。
その本質は、キリストへの一体化、キリストの受難の追体験であって、教会はミサでパンとワインを神に捧げますが、これによって教会はキリストと一体化して供犠を繰り返しています。

パウロによれば、教会は失われたキリストの「体」、あるいは「花嫁」なのです。

福音書を秘儀宗教の知識を持って読むと、そこに秘儀宗教の影響を読み取ることができます。

中略
ユダヤ語の「メシア」とギリシャ語の「キリスト」は「注油(塗油)された者」という意味です。
ユダヤの伝統では「(頭に)注油された者」とは通常、「王(司祭)」を意味し、場合によっては「預言者」や「賢者」をも意味します。
注油する者は一介の女性などではなく、神、あるいは神に近い存在です。
これは「埋葬の準備」とは関係ありません。

一方、足への「塗油」はユダヤにおいても埋葬の習慣です。
ですが、ベタニアのマリアはイエスが生きているうちにその隠された意味を理解しながらこれを行っていたのです。
「塗油」はエジプトでは復活への呪術であって、イシス女神がオシリス神を復活させた神話に由来します。

また、「塗油」はオリエントの女神に仕えその分身となる神殿付属の「聖娼」が、「聖婚の儀礼(性的儀礼)」の時に行う行為です。

つまり、イエスをめぐる「注油」や「塗油」の背景には、女性が司祭的な役割を行う秘儀の観念、エジプトの秘儀宗教や「聖婚」の観念があるのではないでしょうか。

『マルコ福音書』では「白衣の若者」、『マタイ福音書』では「白衣の天使」、『ルカ福音書』では「輝く衣の2人」、『ヨハネ福音書』では「白衣の2人の天使」が墓場のイエスの側に登場します。
秘儀宗教的な解釈では、最初の「白衣の天使(若者)」は復活した神、霊魂の本来的な神性の象徴で、「若者(子供)」というのは多くのオリエントの秘儀宗教の神の性質と共通します。


エジプトの文脈では復活するのはオシリス神ですが、イシスとネフティスという2人の女神が死者の頭側と足側に立ち、死者は彼女らによってオシリスとして復活します。

『ヨハネ福音書』の2人の天使もイエスの遺体の頭側と足側に立ちます。
「ルカ福音書」と『ヨハネ福音書』に登場する2人(の天使)の本来の意味は、女性司祭の役割を果たした「マグダラのマリア」ら2人の女性に降りた女神イシスとネフティスであったはずです。

中略

おそらく正典福音書の著者達も、彼女達の行ったことの意味を十分に理解していないか、それを明記したくなかったのでしょう。
なぜなら、ユダヤ教にも正統派キリスト教にも女性蔑視の思想があるからです。
ですが、彼女達の行なったことを否定したり、無視することはできない状況だったのでしょう。

つまり、もしイエスの教団にインナー・サークルがあったとしたら、イエスの十字架上の死と復活の一連のストーリーは、イエスとインナー・サークルの弟子達が仕組んだもので、これはオリエント秘儀宗教の死と復活の儀式を、公開して行うものだったのでしょう。
インナー・サークルはなかったとしても、少なくともイエスに対してこのような秘儀宗教的な解釈を行った人々はいたのです。

ヘレニズム期の女神の神殿には「聖娼」と呼ばれる女性司祭がいて、男性信者と性的な儀式を行うことによって女神の神性を男性信者に与えてイニシエーションを施したのです。


この「聖娼」の時、聖娼は男性信者に「塗油」を行っていました。
秘儀宗教の論理では、「聖婚」の儀式は神的な女性原理が霊魂の本来的な神性の復活を司るという意味となります。

正典からはずされた『トマス福音書』ではサロメが、『フィリポ福音書』や『マリア福音書』ではマグダラのマリアが、イエスの性的パートナーであるとほのめかされています。
これは世俗的な意味ではなくて、性的儀礼もしくは、霊的・象徴的な意味でしょう。

以下略
http://morfo.seesaa.net/article/198921391.html
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左から小丹神社、空海の使ったという鉱物探査の道具重要文化財 三鈷杵(飛行三鈷杵) (さんこしょ(ひぎょうさんこしょ))
伝空海所持 平安時代・9世紀 和歌山・金剛峯寺蔵
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-250.html

右画像>今は使われていない毛じらみ治療用水銀軟膏
この空海が、バラモン教を取り込んだヒンズー教僧から学んだ「密教」が、日本国にもちこまれると、バラモン教やヒンズー教の神々と共に、奈良仏教とは異なる儀式や仏教グッズが開発されるのです。

それらは、力のある言葉(マントラ=真言・ダーラニー)、護符(ヤントラ)、お守り(カヴァチャ)、手印(ムドラー)、護摩(拝火のゾロアスター教から導入)等です。
これらの仏教儀式や仏教グッズは、今では寺や神社ではあたりまえのものとなっているのですが、それらはヒンズー教思想の影響を強く受けたものであるのです。

更に、奈良仏教の仏像のビ・ルシャナブツ(奈良の大仏)のバラモン教外道の鬼に対抗して、空海側は、バラモン教とヒンズー教の神々を、日本列島に持ち込むのです。
その平安仏教に導入されたバラモン教とヒンズー教の変身仏像群は、基本的には四つの群に分けられるようです。
それらは、「如来群」、「菩薩群」、「明王群」、「天群」です。
「如来」とは、悟りを開いた者の意味です。
「菩薩」とは、悟りを求めて修行している者の意味です。
「明王」とは、ヒンズー教の神で、仏を護衛する神の意味です。
「天」とは、ヒンズー教の天に住む神で、仏を守護する神の意味です。
その四群の平安仏教に導入された仏像は、時の支配者の需要に答えて、○○如来、○○菩薩、○○明王、○○天など色々な仏像として開発されて、今日の仏寺に安置されているわけです。

更に、バラモン教から変身した仏教僧の密教には、「化学の教え」も隠されていたのです。
紀元前八世紀にインドで発明されたバラモン教が、先住遊牧民族トラヴィダを屈服させたのは、輪廻転生などの教えだけではなかったのです。
そのひとつに、薬物による意識改革があったのです。

その薬物とは、水銀です。

水銀は、用い方により、消毒・解毒・意識の覚醒等の作用が期待できるのです。
水銀には、知覚神経と自律神経を麻痺させる作用があるのです。
そこで、バラモン教では、宗教体験を高めるために水銀の研究が盛んであったのです。

しかし、やがて、その副作用としての水銀中毒により、神経が麻痺することも知られてくるのです。その効果と副作用との葛藤は、やがて、水銀薬研究が秘密の技術となっていくわけです。
水銀は、自然状態で採取することは困難です。そこで、朱砂から水銀を採取する技術が確立されていくわけです。それが、やがて錬金術となるわけです。
つまり、卑金属から貴金属への変身です。
この技術は、騎馬民族スキタイにより、水銀アマルガム法の金メッキの技術として発展していくわけです。

バラモン(バアル・アモン)僧は、朱砂から水銀を採る蒸留法の技術を開発していたのです。
その朱砂は、日本列島の中央構造線で縄文時代から採取されていたのです。
空海が誕生した四国讃岐は、伊勢→宇陀→吉野(海を越えて)→四国讃岐へと、中央構造線は続いていたのです。

弘法は裏、親鸞は表
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1837679415&owner_id=5690042


売春は、江戸時代の遊び人が、遊郭に行くことを、「宮参り」「観音様を拝みに行く」「お篭りする」と言っていたように、古代の売春は宗教施設内でおこなわれていたのです。
それは、「聖婚」と言われていたのです。

そして、相手をする聖婚者は、地母神、聖母マリア(古代エジプトの地母神イシスが、キリスト教に導入されて聖母マリアと変身した。キリスト聖書物語では、キリストの母。)、比丘尼、巫女などと呼ばれていたのです。

因みに、日本国で、売春が法律で禁止となったのは、1945年太平洋戦争敗戦後、1946年GHQの指導による売春禁止法からです。

古代オリエントでは、ジクラッドの聖殿、バベル塔の聖殿で、「聖婚」はおこなわれていたのです。
聖殿とは、外界から隔離された所で、それは「エデンの園」であり、古代バビロニア語では、「ハレム」といわれていたのです。

大乗仏教も、キリスト教と同根ですから、「エデンの園」はあったのです。
その名は、「内道場」です。
それらの聖殿で、生殖とは関係なく、不特定多数のひと達が、神と交わるために「聖婚」をおこなっていたのです。
その聖婚の管理者とは、宗教者であることは言うまでもありません。

645年突然日本列島史に現れた藤原氏が、天皇の取り巻きとなって、現在に至っているのは、その「聖婚」儀式を管理していたからです。

672年唐軍に支援された近江・百済亡命政権を倒した新羅系大海人皇子は、日本列島初の天武天皇となり、その王権の正当性を示すため、大嘗祭をとりおこなうのです。

大嘗祭とは、天皇が行う秋の収穫祭などではなく、太陽が再生する日である冬至(ミトラ神復活の日)におこなう、前政権の王権を、天神を媒介として、地神(天皇)に引き継ぐ道教の流れを汲む儀式で、その儀式は一世一代であったのです。
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空海が、騎馬民族を貶める行動にでたのは、キリスト教が有能な民間治療者を魔女として抹殺したように、経済的な理由もあったのです。

平安仏教は、奈良仏教が律令制度による税で賄われたのとは異なり、自費で組織を維持しなければならなかったのです。
そこで、空海は、金集めのために、水銀薬・祈祷・護符・護摩などによる治療をビジネスとして考えていたのです。

仏教の経典には、「除一切疾病陀羅尼経」「能除一切眼疾病陀羅尼経」「仏説療痔病経」「仏説呪歯経」などがあるように、疾病の治療指導書が多くあるのです。

それは、お布施を集めるための信者獲得の近道は、キリスト教も仏教も、まずは治療行為から始まるからです。

その治療のために、古代から鉱物・動物・植物から薬物を創製していたのです。
そのため、鉱山師、遊牧民族、草原の民達は、日常生活において創薬の技術を獲得していたのです。中世ヨーロッパで医療行為が上手な医師パラケルススは、元は鉱山師(錬金術師)であったのです。

錬金術師空海は、唐から持ち込んだ創薬技術の、水銀と塩を混ぜて焼くことにより創薬した白粉を、平安貴族に売り捌くのです。その効能は、蝦夷による動植物からの創薬よりも、ある疾患に優れていたのです。
それらは、堕胎と毛じらみの治療です。

古代の宗教ビジネスの聖婚では、神の代理の地母神・聖母・巫女・比丘尼は、清潔でなければならなかったのです。

しかし、衛生状態がよくなかった古代では、毛じらみは多くの神の代理を悩ませていたのです。
そこで、空海の創薬した白粉(後の京白粉)を髪にかけると、毛じらみがいなくなったのです。それは、水銀による滅菌・消毒作用のためです。
神の代理の地母神・聖母・巫女・比丘尼の末裔の遊女が、髪に櫛を挿す習慣は、毛じらみの駆除済みをアピールするためだったのです。

つまり、櫛を髪に挿す遊女は消毒積みとのサインということです。

キリスト・・・職業は大工ユダヤ教徒33歳・・・
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1805132478&owner_id=5690042

ビジネス仏教は売春・金貸し・・
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1758781778&owner_id=5690042&org_id=1758352958



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