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2015年01月07日21:01

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被害者は誰?

極楽・山本の復帰は「甘い」のか?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=29&from=diary&id=3215185

> 「淫行ぐらいで全国放送され、干され、何年も冷ややかな視線の中生きてきたこと考えれば、罰としては十分!頑張れ山本圭一!」

 「淫行ぐらいで」。
 この文言に引っかかった人は結構いるんじゃないか。
 けれども、山本圭壱が行ったのは、淫行ではなくて「強姦」である。しかも相手を未成年と知った上で酒に酔わせてレイプしている。だから最初は書類送検されて、起訴されれば確実に服役するはずだった。そうなれば3年から20年、懲役刑に処せられていたはずである。
 そうならなかったのは、強姦罪が親告罪で、被害者が示談に応じて訴えを取り消したためである。よしもとを解雇され、社会的な制裁を受けているということで、被害者も示談に応じる気になったのだろう。つまり、収監されずに済んだだけでも山本圭壱は許されているのである。それ以上に許されなければならない理由がどこにあるというのだろう。

 「芸能界は甘くない」?
 ロンブー田村の次のツイートは「何が甘いか」の論点を完全に履き違えている。

> 芸能界は甘いという言葉だけはどうしても納得がいかないのです…甘くはないです…復帰する人はみんな晒されて苦悩してもがいてます…。

 「復帰できたこと」が甘いし、「擁護者がいること」も甘い。
 芸能界が「厳しい」のであれば、今後、山本圭壱は生き残れないはずだが、そのとき、田村淳は彼を助けないつもりだろうか。
 助ければやっぱり「甘い」ということになるし、見捨てれば「厳しい」。田村は山本を助けたいのか助けたくないのかどっちなんだ。循環論法に陥っていることに田村は気がついていない。
 
 芸能界だけでなく、性犯罪に関して日本の社会は甘い。売春禁止法は実質ザル法である。けれども、性風俗業を全て女性の権利を侵害するものとして、取り締まっていいものかという議論は、今でも識者の間で激論が戦わせられている。
 「女性としての特徴を商売に使う」ことが全部公序良俗に反するものだという決めつけは、逆に女性の社会進出を阻むことになる。例の元ホステスのアナウンサー内定取り消し騒動や、ろくでなし子さんのわいせつ罪問題などは氷山の一角だ。
 性交渉に関しても、もっとフリーであっていいのではないかという意見は、安藤美姫がバッシングされている現状を考えれば、充分に検討されなければならないだろう。旧来の道徳観は、あまりにも女性を縛りつけすぎている。

 同じくよしもとの板尾創路が未成年と性交渉を持ち、罰金刑を受けた時は、双方合意の上だった。しかも女性は自分が18歳以上であると偽っていた(それでも問題だが)。妻子がありながら不倫に及んだことは、もちろん道徳的に責められることだったろうが、もしも相手が普通に成年であったならば、これは自由恋愛の一つの形に過ぎない。芸能誌を騒がせることになったとしても、刑事罰は受けずにすんでいた。
 板尾創路の場合は、結果的に「淫行」になってしまった例だ。彼に関しては、謹慎後の復帰は許されて然るべきだったと思う。向後、同様の犯罪を犯さないことを信じたい。

 しかし、山本圭壱の行為は度を越している。最も悪質な性犯罪者そのもので、あれを「他にももっと悪いことをしているやつもいる」と言ってる人間の神経を私は心底から疑う。ただ、米国と違い、日本の性犯罪者の再犯率は決して高くはない(薬物依存者に比べれば格段に低い)。山本圭壱に、更生の可能性が全くないと断言することはできないとは思う。
 しかし、これだけ山本圭壱を擁護する声が挙がりながら、「彼は二度と性犯罪は起こしません。私は彼を信じます」という表現をしている芸能人は殆どいない。「禊は済んだ。私は応援します」「もう充分苦しんだんだ。許してやろう」「彼の芸が消えるのは惜しい」などなど、誰も「山本圭壱は決して再犯しない」と断言した人間はいないのだ。身近な人間から、彼は信用されていないのだろうか。
 そんなことは前提だから言わなかっただけだ、という言い訳は通用しない。日頃、ネットで性犯罪が報道されるたびに、圧倒的に意見として述べられるのが、「去勢論」である。私は去勢論には反対の立場を取るが、心情的には理解ができる。それは性犯罪者の再犯を誰もが恐れているからだ。一度重度の性犯罪を犯した人間を、何の保証もないのに信用はできないからだ。なのに、なぜ山本圭壱にだけ、「去勢論」が出ないのか? 被害者の心情を考えれば、加害者には厳罰を、と主張する人々が、既に刑を免除されている山本圭壱を、更に応援しようというのは、どういう心理なのか?
 明らかに、今、山本圭壱の復帰を擁護している人間たちは、「淫行ぐらいで」と思っているのである。自分に照らし合わせて、自分も「許されたい」と思っているのである。男性優位社会の中にどっぷり浸かっていて、女性をないがしろにすることに罪悪感を覚えなくなっているのだ。

 山本圭壱もバカではないから、今度のライブで自身の強姦ネタをギャグにするようなことはしないと思う。「ぶっちゃけ、この程度のことで8年も謹慎って、いじめられてるって思ってません?」と質問してみても、「そんなことはありません。一生、罪を背負っていくつもりです」と殊勝な答え方をするだろう。
 しかし、もしも「いやあ、酷い目に遭ったけど、俺は元気だぜ! 過去のことは忘れて一からやるぜ!」なんて言ったとしたら、擁護派のみなさんだって、「それは違う」と思うのではないか。そんなことを彼が言うはずがないと擁護派の皆さんは仰るだろう。でも、口には出さなくとも、内心ではそう思っているのではないかという疑いが消えないのだ。なぜなら、前述したとおり、誰も彼の「反省」や「改心」を保証しようとしなかったからだ。
 ホントは擁護派のあなたも、彼を信じてないんじゃない?
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