「原発雑考」 第３１８号の転載です。
2015・1・5
発行 田中良明
転載自由
連絡先 豊橋市富士見台２丁目12-8 E-Mail tanaka49@me.com
歴史から見たアベノミクス
衆院選で自・公が圧勝し、当分は安倍政権が続くことになった。うっとうしいかぎりだ。そんな折りにアベノミクスを痛烈に批判した『脱・成長神話 歴史から見た日本経済のゆくえ』（朝日新書、760円＋税）という新刊本を読んだ。著者の武田晴人さんは日本経済史の学者である。
将来を見通すには、過去に学ぶことがたいていの場合もっとも間違いのない方法だ。ただし過去に学ぶとは、過去の成功体験を模倣したり、その再来を夢想したりすることではなく、成功/失敗に至った理由と成功/失敗がもたらした結果とを広い視野から分析することである。
歴史的に見て高度経済成長は、さまざまな好条件が重なって起きた一回限りの現象だったし、経済の目標である幸福の増進にはあまり寄与しなかった。それにもかかわらず以後の政権は、高度経済成長を成功体験として絶対視し、経済成長はつねに可能で、経済成長はほとんどすべての経済問題を解決するという成長神話に囚われ、経済成長のために無理で無駄な努力をしてきた（その無惨な帰結の一つが公的債務残高１千兆円である）。そこにさらに無理、無駄を重ねようとするのがアベノミクスである。本書は長期データをうまく使ってこのことを分かりやすく説いている。
バブル崩壊以後の20年を、日本経済が成長軌道への復帰に失敗し続けた20年という意味で〈失われた20年〉と捉える見方があるが、これは成長神話に丸々囚われた見方だ。本来この時期に追求されるべきだったのは、成長神話からの脱却であり、その努力がまったくなされなかったという意味においてこそ、まさに〈失われた20年〉だったのである。アベノミクスはそれを〈失われた30年〉にしてしまう歴史的愚挙にほかならない。
本書ではエネルギー・資源問題（原発再稼働に明確に反対している）、財政問題、高齢化問題などについても、世間で常識視されているのとは異質のまっとうな見解が随所に示されている。 一読を勧めたい。
温暖化防止 世界に逆行する日本
近年、日本とその周辺でも集中豪雨の頻発や猛烈台風の来襲が見られるようになった。これらの原因は地球温暖化による海水温の上昇らしい。今世紀になってから気温（大気の温度）はあまり上昇しなかったが、海水温（それも海面よりも海中の温度）は顕著に上昇していたのである。いよいよ温暖化の影響が間近に迫ってきたようだ。
それに対処するために温室効果ガス（以下ではCO₂に代表させる）の排出を削減し、温暖化の基点とされる産業革命時に比べて気温上昇を２度以下に抑えるという目標が、世界的に共有されている。同時にこの目標をいかに達成するかをめぐって、少しでも自国に有利な仕組みにしようと各国が激しい駆け引きを繰り広げている。
そんな状況のなか昨年12月に南米のリマで国連の気候変動枠組み条約の第20回締約国会議（ＣＯＰ２０）が開かれた。2020年以降の温暖化防止の枠組みを決める今年12月のパリ会議にむけての準備のための会議だったが、決裂を避けるためのあいまいな合意ができただけだった。
原理的に考えれば、CO₂排出の基準としては世界に生きる人びと一人ひとりのCO₂排出枠を同量にする（カーボンデモクラシーと称されている）のがもっとも妥当だろう。非常に分かりやすい基準だし、人間の平等という現代の大原則にも合致している。一人あたり同量ということは、国単位で括れば人口が多い国はそれだけ排出枠が大きくなるということである。
ただしこの基準には欠陥もある。温暖化は過去に排出されたCO₂の累積が原因であり、過去の排出について主要な責任を負うべきは先進諸国である。つまり先進国には歴史的責任があるのだが、カーボンデモクラシーではこの点が不問に付されることになる。それを避けるためには、排出枠はカーボンデモクラシーによって決定するが、先進諸国には途上国のCO₂排出削減にたいして資金・技術援助を行う義務を課すことにすべきだろう。
COP２０で日本政府は、CO₂排出目標を提示しないなど消極的な態度に終始し、環境NGOから温暖化防止にもっとも消極的な国に贈られる化石賞を授けられる始末だった。
日本はもともと温暖化防止に熱心ではなかった。最大のCO₂排出源である発電部門では、CO₂排出が少ないとされる原発とCO₂排出は多いが低コストとされる石炭火力とをセットで推進するという方針だった（この方針は、原発が高コストであることを認めたものである）。しかし粘り強い反対活動によって原発増強は進まず、石炭火力増強だけが進んでしまった。そのために発電部門のCO₂排出削減は進んでいなかった。
そこに福島原発事故が発生し、原発増強どころか、既設原発の運転すら困難になり、日本のCO₂排出量は大幅増になった（2013年は1990年比で10.6%増）。それだけでなく3.11後には以前にも増して石炭火力の増強が計画されている。かつては「長所と短所を補い合う原発と石炭火力をセットで増強するのが合理的だ」と説明していた。この説明に従えば、「原発がダメになったので石炭火力もやれない」ことになるべきなのに、逆に「原発がダメになったので石炭火力を増強する」というのである。ご都合主義も極まる犯罪的な態度である。
たとえ高効率のものであっても石炭火力は発電量1kWhあたりのCO₂排出量が多い。それに対応するためにアメリカやイギリスでは石炭火力にはCCS（石炭燃焼で発生するCO₂を回収し、地中や海底に貯留する技術）を併用することを義務づける方向になっている。しかし日本はそうでなく、石炭火力が野放しで建設されようとしているのである。
そのCCSであるが、まだ実証実験すら行われておらず（日本では実証試験のための施設が建設中）、貯留したCO₂が漏出しないか・環境に悪影響を及ぼさないかなどを、これから長期間かけてチェックする必要がある。
さらにコストも問題である。現在の計算ではCO₂１�鼎△燭衞鵤契蕷瀝廚掘△海譴鬘垣蕷瀋�度にする必要があるとされている。
CCSは、大きく分けて石炭燃焼の排ガスからCO₂を分離回収する工程と、CO₂を海底に圧入して貯留する工程から成り、分離回収がコストの大半を占めるとされている。分離回収については、同種の技術は以前からあり、技術的問題はあまりないかもしれないが、そのことはコスト低減の余地もあまりないことを意味する。貯留については、自然相手の大規模技術の常として予期しない問題が発生してコストが膨れあがる可能性が否定できない。
回収地点＝発電所立地点と圧入基地とが離れている場合には輸送コストも大きくなるはずだ。活断層だらけの日本では発電所の近くに貯留可能な地層があるとは限らない。輸送を容易にするために回収したCO₂を液化することになれば、膨大なコストとエネルギーを要することになる。
温暖化防止には今後20〜30年間の取り組みが決定的に重要だとされている。多くの未解決問題を抱えるCCSがこの決定的な期間に温暖化防止に貢献しうるだけの規模で活用される可能性は極めて低い。再生可能エネルギー利用のほうがはるかに確実で、長期的には低コストのCO₂排出削減策である。
雑 記 帳
この数ヶ月、あちこちの役所相手にいろいろな手続きをした。
そのなかで一番ひどかったのは、死んだ叔母の未受給の年金の受け取り申請をした年金事務所。制度が複雑で、ホームページの情報開示はお粗末。仕方なくコールセンターに電話したら、年金機構から郵送されてきた書類に「可能」と明記してあるやり方について、「知らない、できない」と言い張り、「どうしてもそうしたいのなら、やったらいい。こちらで却下するだけだ」と暴言まで吐く始末だった（最終的には可能であることを認めて、謝罪したが）。
後期高齢者医療保険と介護保険についての大阪府堺市の対応もひどかった。
そんな中で遺骨の改葬に必要な改葬許可証の発行についての奈良県桜井市の対応はよかった。もともと内部規定で郵送申請は認めないことになっていたのだが、電話でのやりとりで郵送申請を認めても支障はないはずだと説得したところ、「検討します」ということになり、翌日に「検討した結果、郵送申請を認めることになりました」という連絡があった。
小さなことではあるが、一市民の要請によって一日で対応を変えたのである。こういう柔軟性、機敏性はほかの役所も見習ってほしいものだ。
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