昭和の時代、中学までは目立たない子が、高校でピカ一になることはけっこうあった。
何故かと言うと、中学までの学習と、高校からの学習に違いがあったから。
単元学習と教科学習といったように記憶している。
身近な目に見えるものの学習から、見たことがないだろうが世界はこんなに広い、でも纏まりがあって、このように分類できたり、計算できたりする、と教わる。
目が覚めたように感じて面白いと思う子がいる。
「知識は力なり」 と以前は度々目にした。
「知識」が「科学」を作る。
「科学」のラテン語は「知識」と同じだったとか。
高校、大学になっても、中学の延長でしかない学習は科学する心を弱くする。
だから国立大学の学長たちは中学の延長上にある生徒の受け入れに反対する。
知識の延長上に「思考」がある。
大学は世渡りのうまさを教えるところではなくて、科学する心を養わせるところだと考える。
新大学入試 高校教育へ懸念も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3193322
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