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2014年12月13日17:53

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「ネズミの殿様」

■強い寒気、衆院選投票率も冷え込む? 各地で雪の予報
(朝日新聞デジタル - 12月13日 15:49)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3183988
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さて、こうしてはじまった衆院選もなんか盛り上がらないまま明日投票日を迎える。
まぁ、日本は概ね平和である。
聖戦だ、ジハードだ等と口にして自爆テロが繰り返されるイスラムの国々よりは。
だが、日本もそうなる危険性は十分にあった。
日本の憲政史上、たった一人でそれらの狂気に立ち向かった男がいる。

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名前を「斉藤隆夫」という。人呼んで「 ネズミの殿様 」と呼ばれる。
あだ名の通り、小男で甚だ風采の上がらぬショボイ風体だが、
コノ男は、たった一人で戦前の大日本帝國軍部を敵に回し闘ったのである。
所謂、帝国議会における反軍演説である。

【粛軍演説及び反軍演説】

1940年(昭和15年)2月2日に帝国議会で衆議院本会議において
立憲民政党の斎藤隆夫が行った演説。
日中戦争(支那事変)に対する根本的な疑問と批判を提起して、演説した。
この演説により、3月7日、斎藤は衆議院議員を除名された。
この経緯は言論弾圧としても扱われる。
なお、「支那事変処理を中心とした質問演説」や「支那事変処理に関する質問演説」を、
一般的に「反軍演説」と称している。

斎藤は「粛軍演説」で軍部の政治関与を批判するなど、国民からの注目を浴びるも、
警察・軍部から監視され、暗殺まがいの脅迫状などの攻撃も受けた。
「国家総動員法案に関する質問演説」において、国家総動員法の危険性を指摘するも、
二大政党は斎藤の主張を無視し、全会一致で成立。

その後、過労から転倒して打撲し、脳梗塞の疑いで病床に着く。日中戦争の長期化につれ、
病床の斎藤の元へ日増しに、「なぜ、斎藤は沈黙するのか」という類の問い合わせが増加し、
国民の声を議会に届けるべく、「国家総動員法反対演説」から2年ぶりの登壇を決意。

その演説の中で斉藤は、「聖戦の美名に隠れ愚かな戦を遂行する輩」として
時の軍部をおおっぴらに指弾した。

時は既に、2.26、5.15事件の直後、日中戦争に突入している真っ最中である。
コレがいかに危険な煽りであるか現在では想像すらつかないかも知れない。
この一件以来軍部はおおっぴらに戦争に「聖戦」という言葉は使えなくなったが、
斉藤のこの発言は、帝国議会議事録から削除され、そして斉藤自身は帝国議会議員を
辞職させられるハメになった。

演説の途中ヤンヤの喝采を贈っていた他の議員も軍の圧力に屈して斉藤の
議員更迭を決めた。

議員除名の投票結果は次の通りである。

・賛成 296名 : 浅沼稲次郎・河上丈太郎・河野密・三輪寿壮・三宅正一・三木武夫・星島二郎・
 松野鶴平など
・空票 144名
・棄権 121名 : 尾崎行雄・鳩山一郎・水谷長三郎・西尾末広・犬養健・若宮貞夫・安達謙蔵など
・欠席23名 : 安部磯雄・片山哲・鈴木文治(以上社会大衆党)など
・反対 7名 : 牧野良三・名川侃市・芦田均・宮脇長吉・丸山弁三郎(以上政友会久原派)・
岡崎久次郎(民政党)・北浦圭太郎(第一議員倶楽部)

と、反対者はわずか7名と、圧倒的多数の賛成票によって斎藤は衆議院議員を除名された。

だが、議員を除名されても、斉藤は除名後の大政翼賛下選挙に再度立候補し
(衆議院議員除名後には総選挙の延期などがなされた。)
そして、1942年(昭和17年)総選挙では、軍部を始めとする選挙妨害をはねのけ、
翼賛選挙で非推薦ながら兵庫県5区(但馬選挙区)から最高点で、
2位と7000票以上の大差で再当選を果たし、見事衆議院議員に返り咲く。

しかし、時既に遅く、その時には既に議会は、戦争や軍部に対する何の力も無くしていた。

その後、日本は坂道を転げ落ちるがごとく日中戦争から太平洋戦争へと
破滅の道を歩むことになる。


この「ネズミの殿様」とのあだ名で国民から親しまれ、愛され、尊敬された政治家であり、
その影響力は尾崎行雄、犬養毅に並ぶと言っても過言ではないほどであった。
特にその弁舌は、「日本のマーク・アンソニー(※ローマ帝政マルクス・アントニウス)」と
称されるほどであった。

あだ名の由来は小柄でイェール大学に通っていた時に肋膜炎を再発し肋骨を7本抜いた
影響で演説の際、上半身を揺らせる癖があったことによる。

反軍演説で除名処分を受けた後、「第七十五帝国議会去感」という一編の漢詩を残している。

吾言即是万人声 (吾が言は即ち是れ万人の声)
褒貶毀誉委世評 (褒貶毀誉は世評に委す)
請看百年青史上 (請う百年の青史の上に看る事を)
正邪曲直自分明 (正邪曲直自ずから分明)

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児童文学作家・斎藤惇夫は、この斉藤隆夫の孫であり、
惇夫がネズミを主人公とした物語を描くのは、彼の影響であるという。

後年、彼はこの気骨溢れる祖父をモデルとしている童話を作った

それが、「ガンバの冒険―7人の仲間達である―」

劇中登場する怪獣の様に恐ろしいイタチは、水陸両用の海軍・陸軍の暗喩であり、
とりわけ、その頂点に君臨する白いイタチである「ノロイ」と呼ばれる王様イタチは
白馬に跨った当時の天皇の象徴とも言われている。

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選挙に臨み、我々は斉藤隆夫のような「知識・道徳・胆力」を兼ね備えた
人材を選びたいところだが、果たしてどれだけ今の日本にいるのだろうか?

【「我が言は、万人の声 日本を揺るがした国会演説」 】


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