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2014年12月13日11:28

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二人の名優



 ワシも文太押しやな。

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佐高信の筆刀両断

筆刀両断
【菅原文太と高倉健】

 亡くなったのも高倉健が先だし、年齢も高倉が2つ上だが、私の中では、断然、菅原文太である。個人的なつきあいがあったことにもよる。

 高倉は文化勲章をもらい、「日本人に生まれてよかった」などと言った。それに対して文太は死ぬまで、「日本はこれでいいのか」と憂い、行動した。

 反原発、護憲等、いろいろな場面で私は一緒になったが、直近では福島知事選挙である。

 自民党、民主党、公明党、それに社民党までが相乗りして副知事だった内堀雅雄をかついだ。内堀はかつて原発を推進した人間であり、あの東日本大震災の後は慎重姿勢に転じたと言っても、明確に反原発を主張していない。

 そんな人間を知事にしては、原発が争点とならず、被災者を置き去りにしたまま再稼働に拍車がかかってしまう。それに怒って文太は、反原発を高々と掲げた熊坂候補を推そう、と言ってきた。

 熊坂は福島県出身で、夫人の故郷の岩手県宮古市の市長をやり、震災にもあっている。熊坂応援に賛成した私は、まず、『週刊金曜日』で、そのための緊急座談会をやろうと考えた。文太に、熊坂夫人の親戚で福島選出の国会議員、荒井広幸を加えてである。それをやったのが10月6日だった。

 そして選挙戦が始まって、私が会津で演説し、文太が郡山で話した。結果は内堀の勝利に終わったが、無風選挙にはしなかったと思っている。

 そして11月12日、文太から今日中に連絡をくれという電話が入る。何事ならんと電話をすると、4日後の16日の講演に行けなくなったので、代わりに行ってほしいということだった。幸い、空いていたので、ピンチヒッターで会津に行き、憲法学者の樋口陽一と対談した。樋口は仙台一高で文太の1年後輩になる。

 その時、電話の声は力強かったし、よもやこんなに早く亡くなるとは思わなかった。

 同じギャングスターでも健と文太は違う。

 いつか見たヤクザ映画で、戦争に協力するヤクザと協力しないヤクザを描いたものがあった。

 戦争は国家がやる。

 つまり国家に協力するか、そんなものは知らねぇと無視するかである。

 その時、協力しないヤクザの放ったセリフが、いまでも忘れられない。

 ヤクザは組の代紋背負って、いろいろ阿漕なこともするが、菊の代紋を背負っている奴らが、最もとんでもないことをする。

 こんな意味のセリフだった。

 文太はまさにそんなヤクザだった。

 反原発や護憲で自民党政府に逆らい続けた文太がもらうのは‘非国民栄誉賞’だろう。

 高倉健のもらった文化勲章より、そっちのほうがずっとカッコイイ。

 ちょうどひとまわり上のトリ年の文太の冥福を祈りばかりである。
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