かねてから参詣したいと思っていた、深大寺への旅を実施した。
予算欠乏の折、京都発23時30分の「青春エコドリーム22号」にて出発。
座席は2Bであった。
4列シートのバスは、通路側に限る。
先発の、20分発のバスが遅れており、30分発の此方のバスも、5分程遅れて発車。
首都高等で朝の渋滞に巻き込まれ大幅に遅れる。
新宿には7時4分着の予定が、その時間にまだ池尻大橋を出た所だった。
かなり混んでいるらしく、少し動いては止まりを繰り返す。
結局、新宿には20分遅れの7時24分に到着した。
新宿の東口では、宇宙戦艦ヤマトのイベントの準備をしていた。
もう少し見ていたかったが、時間も無かったので移動する。
次に乗るのは京王線。
夜行バス降り場からだと対角線を挟んだ全く反対側なので、かなり歩く。
7時40分の特急八王子行きに乗車。
京王は、以前埼玉に赴任していた際、本社が橋本だったから会議の旅に乗った。
余り良い思い出は無い。
調布に着いたら、駅が地下になっていた。
前は地上だったから、何時の間に地下になったのか。
地上に出たら地上時代の廃墟の後始末をしていた。
駅近くのサンマルクカフェで軽くモーニング。
8時59分の深大寺行き京王バスに乗車。
残念ながら、駅前に停まっていた鬼太郎バスでは無かった。
30分程で深大寺門前に着いた。
朝早いが、以外に人が多い。
ゲゲゲの森は、どうやらここだったようだ。
山門を抜けて、深大寺へ参詣。
深大寺は天平5年(733年)、満功上人が法相宗の寺院として開創したと伝えられ、東京都では浅草の浅草寺に次ぐ古刹として名高い。
現在の本堂は大正年間の再建だが、釈迦堂に安置されている銅造釈迦如来倚像は飛鳥時代後期、所謂、白鳳期の作。
西暦で云えば7世紀で、武蔵野のこの地によくぞ伝わったものだと感心する。
深大寺は、水木しげる作品で見掛けたのと、蕎麦が名物だから一度来たかったのだが、まさかここまでの寺とは予想の範囲外。
しかし、これがまた楽しい。
一通り参詣をして、少し早いが深大寺名物の蕎麦を頂く。
深大寺の蕎麦は、江戸時代の幕府勘定所支配勘定の役人で、狂歌、洒落本、漢詩文、狂詩でも名を成した当代一流の文化人である太田蜀山人が、巡視中深大寺そばを食し、それを宣伝すると知名度が鰻登り。
文人や墨客にも愛されるようになり、「江戸名所図会」にも深大寺そばが記載される程になった。
その伝統を受け継ぐ蕎麦屋が門前に20件程、軒を並べている。
その中で、「一休庵」を選び、入ってみた。
奈々ちゃんは二八の天麩羅そば。
私は、十割そばを注文。
二八の天麩羅も、これは凄まじい美味であったが、十割そばにはただただ脱帽するしか無かった。
ここまで旨い蕎麦は、藪にも敵わぬ程であった。
願わくば、臨都閣下やにゃも同志と酒を酌み交わしたい位。
流石は太田南畝推薦の深大寺そば。
感服した。
蕎麦を頂いてから、門前をぶらつき厄除けの団子と厄除け蕎麦饅頭を頂く。
これも素朴ながら旨い。
矢張り、わざわざ京都から深大寺まで来たかいがあった。
11時19分発の吉祥寺行き小田急バスに乗車して、深大寺から離脱。
2011年5月、出張研修で半月過ごした、懐かしい吉祥寺の駅前を抜けて吉祥寺に到着。
11時59分の快速青梅行きに乗車。
三鷹で特別快速に乗り換えて、立川へ。
12時14分に立川到着。
こから、奈々ちゃん実家へ。
夜、軽く立川の居酒屋で一盞。
天然鰤の造り、しゃぶしゃぶとキンキの唐揚げが美味であった。
立川発20時34分の快速に乗車。
東京から先は、22時30分の夜行バスに乗り換える予定である。
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