こんばんは、白黒茶々です。
慶長5年(1600年)に徳川家康率いる東軍と、石田三成の西軍とが、現在の岐阜県の関ヶ原町で全面対決した関ヶ原の戦い。
それによって諸大名のその後の運命が決まったことから、「天下分け目の戦い」とも呼ばれています。その歴史の舞台となった古戦場を、私は箔や波と一緒に訪れることにしました。
まずは、関ヶ原ICから程近いところにある、桃配山から入ることにしましょう。
こちらは、徳川家康が最初に陣を置いたところです。そのとき、彼が腰掛けたと伝えられる腰掛石に箔と波を座らせて写真を撮ったのですけど、あとになってからそれは机石のほうだったということが判明。スマン、家康殿。
その次には、戦闘中に家康軍が移動してきたという陣場野を訪れました。
彼の床几場だったところは江戸時代に整備され、石碑が石垣で固められ、さらにそれらは土塁で囲まれていました。
その近くにある関ヶ原町歴史民族資料館を訪れると、関ヶ原の戦いの全体像を掴むことができるのですよ。
それだけではなく、その入り口にある書き割りに顔を突っ込めば………
箔川(はくがわ)家康と………
石田三波(みつなみ)のできあがり
さらに私は、資料館から程近いところにある、歴女のお姉さんが切り盛りしている「ココカフェ」というお店に行きました。
こちらでは、午前11時までに三成コーヒーなどのドリンク類を注文すれば、モーニングサービスを受けることができるのですよ。
さらに私は、それらに陣地ーズケーキを付けてみました。
しかし遠慮とテレがあって、歴女のお姉さんと歴史の話(略して歴バナ?)をすることはほとんどできませんでした。
http://blog.goo.ne.jp/hakubanoinu/e/6b99464b129d032c8c9409931835f741
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