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2014年09月03日13:22

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 確かに堤防の近くにコンビニが見えてきた。中華まんののぼりが風もないのに揺れている。車もなく、誰もいない駐車場にゆっくり降り立つ。スカートのポケットに手を突っ込むと、右に携帯、左にサイフとハンカチが入っていた。携帯を開くと、電波がつながっている。ひかれた時に壊れていなくて良かった。このハンカチの裏には信治と付き合うことが決まった日に2人で行った公園で私がベンチで書いた相合傘と信治と私の名前がある。サイフの中を見ると、千円札が3枚と百円玉が5枚が入っていた。
 自動ドアを通って店内に入る。
「いらっしゃいませ」
 店員は若い男性だった。他に客の気配はない。
 いつものようにまずは雑誌コーナーに向かう。棚に拝読しているファッション雑誌の最新号があった。まだ見てなかったのよね。パラパラめくっていると、冬服の特集をしているページが目に留まる。こういうのも着てみたいと思っていたのだけど……。
 ふと、レジの方から視線を感じて振り向く。店員がじっと私を見つめる目と目が合った。店員は慌てた様子で目をそらす。もしかして、立ち読み禁止なのだろうか。私はファッション雑誌を棚に戻し、アイスのコーナーに向かう。冷蔵庫の中には、ソフトクリームやらカップのやら、いろんなアイスがあった。その中で、私の好きな苺味のアイスに決めた。レジに向かい、アイスを出す。
「ひゃ、100円になります」
 店員は何やら落ち着かない様子だ。サイフから100円玉を取り出して渡す。
「ありがとうございました」
 ビニール袋に入れてもらったアイスを受け取り、コンビニを出ようとしたその時だった。
「あの、もし良かったら携帯のアドレス教えてもらえませんか?」
「すみません。私、彼氏いるので」
 もちろん信治のことだ。
「そう、ですよね……」
 店員はがっかりした様子で、うなだれてしまう。私はそそくさとコンビニを出た。
 溶ける前にアイスを食べよう。ビニール袋から取り出し、袋を破ってアイスを出し、一口かじる。冷たくて美味しい! 半分ほど食べると、棒に「当たり」の焼き印が押されているのが見えてきた。
「やった!」
 交換してもらおうとコンビニへ戻ると、まだ店員はうなだれている。当たりの棒をビニール袋に入れ、場所を移動することにした。
 ここからだと、やや西の方に気配がある。

 髪は白髪混じりで古びた服を着てやせ細ったお婆さんが、橋の東側の欄干から川を覗き込んでいる。時折、川を指差しては何かを喚いている。川に何か落としたのだろうか? 背後に静かに降り立ち、声をかける。
「お婆さん、どうしたんですか?」
 すると、お婆さんはゆっくりとこちらを振り向いた。顔は皺だらけで、何やら虚ろな目をしている。
「あそこにいる婆さんがな、こっちを指差して笑うんじゃ!」
 お婆さんは橋の下に流れる川を指差す。欄干から下を覗いてみるが、川面に揺れる隣のお婆さんと私の姿が映っているだけだ。お婆さんは右足に履いていた草履を掴むと、川に向かって放り投げた。川面に映ったお婆さんの姿がぐにゃりと歪む。
「どうだい、懲らしめてやったよ」
 お婆さんは満足した様子で、片方裸足のまま南の方へ歩いていく。私は唖然としてその後ろ姿を見送るしかなかった。私も他へ移動しよう。
 ここからだと、気配は本屋の辺りにある。

 本屋の前の道の真ん中で、おかめのお面を被った黒い着物姿の女性が、本屋で購入したらしき本を読みながら佇んでいる。お面を被ったまま本屋に入ったのだろうか? よく見ると、読んでいるのは占いの本のようだ。私も女の子だから、占いには興味がある。熱心に占いの本を読んでいる女性の背後に降り立つのは簡単だった。お面のゴムが見当たらないようだけれど、髪で隠れているのだろう。
「占い好きなんですか?」
 女性は私の問いかけに振り向く。肩まである黒髪でお面のゴムとその穴が隠れているが、やっぱりおかめのお面を被っている。
「おほほ、私、占い師ですのよ。参考のためにここの本屋でこの本を買って、待ち切れずに読んでいたところですの」
 女性がしゃべっている間、お面の口元が少し動いたような気がした。きっとお面が動いてそう見えたのだろう。
「そうだったんですか。良かったら恋愛運を占ってもらえませんか?」
 信治との関係がこんな形で突然終わってしまった私の今の恋愛運が気になったのだ。
「いいですよ。300円いただきますけれど」
 女性は表情を変えずにそう言う。お面だから当たり前だ。私がサイフから100円玉を3枚取り出して渡すと、女性は着物の裾に入れ、帯の中からトランプらしき束を取り出した。どうやらトランプを使って占うようだ。でも、普通の4分の1ぐらいの厚みしかない。
「恋愛運はハートとジョーカーだけを使って占うんですの」
 女性はそう言うと、慣れた手つきでトランプを数回切り、扇形に両手で持って裏側を私に向ける。
「この中からどれでも1枚引いて、見ないようにして私に見せてください」
 私は指を少し迷わせてから真ん中辺りのを引き、女性に見せた。
「では、次にどこでも戻してください」
 どうやら戻す場所でも占うようだ。私は迷ってから、1番左側に戻した。

「わかりました。あなたは相性がとても良い男性と出会えるという暗示がありますね。いえ、すでに出会っているかもしれません。しかし、その男性とは何かのきっかけでお別れすると出ています。そして、あなたがその男性と出会うのも、ここにいるのも運命であるようです。その男性とは仲が良好なまま別れられたなら、来世でもきっとどこかで再会することができるでしょう。ちなみにあなたが引いたのはクイーンでした。ジョーカーが最悪でエースが最良ですのよ」
 相性がとても良い男性というのは信治に違いない。かなり当たっているようだから、この女性は本物の占い師なのだろう。
「ありがとうございました。凄く当たっていますね」
 私がそう言うと、おかめのお面が少し微笑んだように見えた。
「あなたの恋愛運はある意味、とても良いと思いますよ」
「それを聞いて安心しました。あの、そのお面、似合ってますね」
 すると、おかめの目がカッと見開かれたように見えた!
「こ、これですか? ああ、そ、それはどうも。で、では、私はこれで」
 女性は急に慌てた様子で、そそくさと本屋とゲームセンターに挟まれた道を歩いて去っていく。お面のことには触れてはいけなかったのかもしれない。私も本屋に入ってみようかと思ったけれど、太陽が西に傾きかけているし、もし長居して信治が現れたのに気がつかないと大変だから、他へ移動しよう。
 ここからだと、気配は感じられないけど、太陽の光を反射してキラキラ輝く糸のような物が、雲1つない空から降りていて揺れているように見える。あれは一体何だろう? 糸の近くまで瞬間移動してみる。

 学校の校門の前で、半分に切ったスイカを両手に持ち、シャツを半ズボンから出したこの学校の生徒らしき坊ちゃん刈りの少年と、金髪の外国人らしきダウンジャケット姿の背の高い男性が立ち話をしている。男性の背中からは、半透明の紐のようなものが空に向かって伸びている! どうやら遠くから見えたのはこれだったようだ。この紐は一体何なのだろう? 少年からも見えないように男性の背後の少し離れた場所に静かに降り立つ。
「ソノスイカ、スコシ、ワケマエテクダサーイ」
「これか? じゃんけんで勝ったらいいぞ」
 どうやら少年が持っているスイカを食べたがっているようだ。
「ヤルマスショウ」
 すると、少年は器用にスイカを左手で持ち、右手をグーにして構え、男性は左手をグーにして構える。
「いくぞ。じゃんけんぽんっ!」
 少年の掛け声とともに、少年はグー、男性はチョキを出した。
「シモッタネ……」
 男性はがっかりした様子で肩を落とす。
「残念だったぞ」
 何やら男性が可哀想に思えてきた。

 歩み寄っていくと、2人はほぼ同時に私の顔を見た。外国人らしき彫りの深い男性は、私の顔を見て、顔をほころばせる。
「トテモウツクシオジョサントウジョネ」
 やっぱり外国人のようだ。
「ありがとうございます。ねえ、私もじゃんけんで勝ったら分けてもらえる?」
「もちろんいいぞ。食いかけでも良かったらな」
 少年はスイカを両手で持ちながら、ニッコリ笑顔で言う。スイカをよく見ると、外側を少し食べた跡がある。少年はまたスイカを器用に左手で持ち、右手をグーにして構える。それを見て、私も右手をグーにして構える。
「じゃんけんぽんっ!」
 掛け声を合わせ、少年はグー、私もグーを出した。あいこだ。このままでは、固唾を飲んで見守っている男性にスイカをあげることができないかもしれない。
≪次はチョキを出そうかな≫
 独り言のように少年にテレパシーを送ってみる。少年は表情を変えずに右手をそのまま構え、私もそのまま構える。
 チョキを出すのは嘘だと思い、グーかパーを出すと思うなら、少年はパーかチョキを出すはず。そこで私はチョキを出す。結果、どちらを出されても負けはない。
「じゃんけんぽんっ!」
 また掛け声を合わせ、少年はグー、私はチョキを出した。
 えーっ!?
 どうやら少年は素直にチョキを出すと思ったらしい。男性に続いて、私も負けてしまったのだ。今の私に勝つなんて、この少年はきっと只者ではない。
「女の子は特別に負けても分けてあげるぞ」
「本当に? お姉さん、嬉しい!」
 少年は食いかけのところを少し割り、私に差し出す。私はスイカを受け取ると、男性に差し出す。
「これ、どうぞ」
「オウ! トテモヤサシオジョサンネ。アリガトゴザッス」
 男性はスイカを受け取ると、もう待ち切れないといった様子でほお張る。それを見ていると、妙に私も食べてみたくなったが、何とか堪える。
 すると、男性が急にふらふらし出し、前のめりに倒れる途中で、パッと姿を消した! 男性に何が起こったのだろう? 少年は何事もなかったかのようにくるりと背を向けると、学校の敷地内へ向かって歩き出す。
 あの男性はスイカを食べながら瞬間移動したのだろうか? でも、ふらふらし出した理由がわからない。何か罪悪感を感じながらも、仕方なく場所を移動することにした。
 ここからだと、広大な遊園地と住宅街に挟まれた道を自転車に乗っているかのような速さでこちらへ向かってくる気配がある。

 お巡りさんらしき格好の男性が颯爽と自転車を走らせている。道の左右を何度も見回しながら、1つ1つ何かを確認している様子だ。どうやら巡回の最中らしい。きっと自分の仕事に使命感を持っているのだろう。
 お巡りさんは東と北へ続く道の角にある交番に自転車を停めると、スタンドにロックをかけた。そして引き戸の鍵を開け、中に入ると引き戸を閉めた。どうやら巡回からの帰りだったようだ。私があちこち見て回っているのも巡回のようなものかもしれない。
 ここからだと、やや北の方に2つの気配があるけれど、1つは小さくて、今までのとは何か違うようだ。

 踏切の手前で、髪が両側だけの髭を生やしたお爺さんと白い子犬が戯れている。どうやら散歩の途中らしい。
 しばらくほのぼのとした光景を眺めていると、一羽の鳩が線路と線路の間に舞い降りてくると、地面をしきりに突ついている。
 その時、踏切がゆっくりと下り始めた。どうやら電車が通るようだ。だが、警笛は壊れているのか鳴らない。子犬はお爺さんよりも先に鳩に気づいた様子で、尻尾を振りながら線路内へ飛び出した。鳩は地面の振動を感じ取った様子で、いち早く飛び立つと、どこかへ飛び去っていく。子犬は空を見上げて、飛び去る鳩を見つめている。その間に右から電車が子犬に迫ってきていた! このままでは子犬が危ない!
 私はお爺さんより電車に近い場所に降り立つと、両手をかざして電車に向かって金縛りをかける。だが、電車は止まるどころか、スピードが緩まる様子もない。やっぱり金縛りは、人や動物などの生き物にしかかけられないようだ。
「ムク! 戻ってくるんじゃ!」
 電車が迫ってきているのに気づいたお爺さんが子犬に向かって叫ぶ。私は瞬間移動するのも忘れ、駆け出して下りている踏切をすり抜けて、素早く子犬の小さな体に憑依する。すると、一瞬で子犬の心を支配したのがわかった。それとともに、体が急に小さくなった気がした。子犬の目を通して、大きくなったように見える電車が目の前に迫ってくるのが見えた! 風圧で子犬の垂れた耳がめくれ上がる。私は子犬の体を操って線路の外に駆け出すと、そのまま大きくなったように見えるお爺さんの方へ駆け寄る。
「おお! 無事で良かった!」
 背後で電車が凄いスピードで通過していく。お爺さんは私を、いや、子犬を抱え上げる。その時、なぜだかお爺さんからリアルな人の温もりのようなものを感じた。
「不思議じゃのう。セーラー服姿の女の子がお前に駆け寄っていって消えたように見えたが......。もうこの辺りで散歩するのはよそうな。さて、そろそろ帰ろう。この町は暗くなるのが早いからのう」
 空を見上げると、美しい茜色に染まっていた。お爺さんは子犬を抱えたまま、空へ浮き上がった! どうやらお爺さんは普通の人間ではないようだ。
 お爺さんは学校の校舎を越え、まっすぐ南東へ飛行していく。数分で大きな屋敷が見えてきた。あの屋敷がお爺さんの住まいらしい。
「今夜のお前のエサはどこで調達しようかのう」
 屋敷にエサになりそうなものはないのだろうか? 私は子犬から抜け出すと、お爺さんから離れた空に瞬間移動する。お爺さんはそのまま屋敷の屋根に降り立った。もしかしたら屋敷はお爺さんのものではないのかもしれない。

 太陽が沈み、辺りが急速に闇に包まれていく。ゆっくりと月が輝きを増し始め、静かな住宅街をほのかに照らし出す。
 その時感じた! 信治がこの町のどこかに現れようとしているのを! 気配の方を向くと、家の2階ほどの高さに人影が見えた。
 信治だ!
 私は人影だけで、それが信治だとはっきりわかった。信治はなぜか窓を開けるような仕草をして空に漂っている。私が信治の元に瞬間移動しようとしたその時だった。
「待ちなさい!」
 背後で何者かに呼び止められた! 振り向くと、黒いスーツ姿の男性が浮いていた。
「あなたは?」
 空に浮いているのだから、普通の人間ではなさそうだ。
「私は体外離脱してくる者に、危険を犯す前に肉体に戻るよう促す者です」
 と、落ち着いた様子で答える。
「なぜ止めるのですか?」
「彼がこの世界に長居するようなことがあると危険なのです。元の世界に帰れなくなることも有り得ます」
「それは、そうですが……」
 信治に会うべきではないということ? でも、瞬間移動すれば手の届く距離にいるのに、このまま会わずに永遠にさよならなんてしたくない!
「信治に会わせてください。彼もそれを強く望んでいるからこそ、この町に体外離脱してまで来たと思うんです」
 男性は少しの間黙っていたけれど、
「……では、彼と会ったら、すぐに肉体に戻るようにあなたが伝えてください。彼はまだ、現世で為すべきことが残っているのです」
 男性はそれだけ言うと、フッと姿を消した。信治にもし危険が迫ったら、すぐに元の世界に帰ってもらおう。そう決めて、信治の近くに瞬間移動する。

 信治はぎこちなく夜空を漂っていた。よく見ると、信治は私が誕生日に贈った手編みのセーターをパジャマの上に着ているようだ。きっと離脱前の格好のまま離脱してきたのだろう。セーター、気に入ってくれていたみたいで良かった。初めての手編みで約半年もかかったけれど、頑張った甲斐があった。
 すると、信治はすぐにゆらゆらと地面に落下した! どうやら怪我はなかったようで信治はすぐに立ち上がると、両手のひらをまじまじと見始める。手を怪我したのだろうか? 次に信治は辺りを見回して、離脱した場所を確認しているようだった。私は信治の背後に静かに降り立つ。信治の足元を見ると裸足だった。やっぱり離脱前の格好のまま離脱して来たようだ。
「信治」
 その声に信治はハッとして振り向く。
「未希! いつの間に後ろに」
「会いに来てくれてありがとう。手は大丈夫?」
「ああ、痛みは感じないんだな。初めての体外離脱で不安だったけど、また会えて、話ができて本当に良かった」
 信治は私を強く抱きしめる。
「うん」
「こんなに簡単に会えるとは思ってなかったよ」
 私は抱きしめられながら、信治にまた会えた嬉しさと、こんな結果になってしまった申し訳ない気持ちで涙が出てきた。目を開けると、信治の背後から半透明の紐のようなものが夜空に向かって伸びているのが見えた。学校の校門の前で出会った外国人男性の背中から伸びていたのと同じもののようだ! おそらくあの男性も体外離脱者だったのだろう。
 私は信治から離れると、
「その、背中から伸びている半透明の紐みたいなのは何?」
 と、尋ねてみる。
「これは、元の体と今の抜け出た体をつなぐ緒のようなものだよ。この緒が切れると、2度と元の体に戻れなくなるんだ」
 信治は自分の背後を見ながら答える。
「そんな大事なものがむき出しになっているんだね」
「それもそうだな」
 信治はそう言うと、何やら決意したような表情をした。

「俺はもう、元の世界に帰る気はないんだ。だから、この町でいつまでも一緒に暮らさないか?」
 私はその提案に衝撃を受けた!
「でも、それは信治のお父さんやお母さん、帰りを待っているすべての人たちを悲しませることになるわ!」
「いいんだ。俺は未希がいなくなってしまうのが1番悲しい」
 信治の頬に一筋の涙が伝ってこぼれ落ちた。それは月明かりに照らされて、朝露よりも澄んで見えた。
 私も信治と同じ気持ちではある。私にとって、心から愛することができた唯一の異性だったのだから。
「でも、やっぱり無理。私はもう、普通の女の子じゃないもの。私と信治は、違う世界の人間になってしまったんだから」
 信治は私のその言葉を聞くと、覚悟したような表情で右手を背後に回して緒を掴み、目の前に引き寄せて両手で掴んだ。
「待って!!」
 信治は私の静止を聞かずに、緒を一気に引き千切った......! 千切れた緒は夜空にゆらゆらと漂っていたが、すぐに夜空の彼方へと消えていった。
 すると、信治が急に苦しそうに片膝をついた。
「はぁ、はぁ......」
「大丈夫!?」
 肩で息をしてうずくまる信治に駆け寄る。背中を見ると、いつの間にか千切れた緒は消えていた。
「これで......未希と同じ世界に......行ける」
「そんな……」
 抜け出た体のみになることは、どうなるか容易に想像できた。信治はゆっくりと立ち上がる。その顔は満足したような笑みに包まれていた。
 すると、町に異変が起きようとしているのを感じた。次第に町の闇が濃くなり、そしてまったくの暗闇になった。離脱後の異世界が消えてしまった?
 その時、私たちの前に大きな眩い光の塊が現れた!
≪おや、自ら命を絶ってしまうとは≫
 あの時に出会った光と同じ声が脳内に直接響いてきた。
「何だこの光は? 誰だ?」
 信治は眩しそうに光と対峙している。
≪それだけ彼女への愛が強かったということですね。仕方ありません≫
 すると、光は私と信治の体を包み込んだ。そして一瞬、強烈な光を放ち、眩しくて目をつぶる。

 光がやむと、美しい花々が咲き乱れる見慣れない場所に信治と2人で立っていた。あの光はどこにも見当たらない。近くにはキラキラ輝く美しい川が流れ、古風な木製の橋が架かっている。
「ここか」
「そうみたいね」
 どちらからともなく手を握り、橋を渡るために歩き出す。
 きっと信治のお父さんとお母さんは悲しむに違いない。でも、こうなってしまったのも含めて、すべてが運命だったのだろう。
「俺は未希と初めて手をつないだ時、この手を2度と離すまいと誓ったんだ。そして今、未希の手の温もりを感じていられて俺は幸せだ」
「もう離さないでね。私も信治のそばにいられて幸せだよ。信治のこと、大好きだから」
 私と信治はそう言って微笑み合い、橋を渡りながら同じ方向を見つめていた。


END
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