mixiユーザー(id:47361257)

2014年08月08日20:23

188 view

学校の存在意義を考える

「苦しいなら行くな」保護者増
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3001101

5歳の息子は幼稚園が大好きだ。
夏休みになると、毎日2学期が始まるのを待ち遠しそうにしている。

そんな息子も、来年は小学生になる。
息子にとって、これから先の進路も、楽しい学校生活であれば、と親として思う。

学校とは、どういう所なのだろう。
学生を卒業し、社会に出て、そして親になってみて、改めて学校というものを考えてみる。

勉強を学ぶ所であることは確かだ。
だが、ただ勉強を学ぶだけなら、学校でなくてもいい。
学校という所には、他にも存在意義があるはずだ。

思うに、学校というのは、もちろん勉強を学ぶ所だが、それだけでなく、社会に出る前段階として、集団生活の中での自分の在り方を学ぶ場であると、僕は考えている。

つまり、一般社会に出るまでに、僕らは、学校生活を通して、子供だけの社会の中で、集団生活の何たるかを学ぶ場であると、僕は思うのだ。
もちろん、子供だけの社会だから、間違いを起こすこともある。
いじめもその一つだ。
それを教育し、正しい道に導くのが、学校の教師の役目だ。

そう考えると、ただ苦しいなら行くなという、親のスタンスでは、学校の存在意義じたいがなくなってしまう。
何故なら、社会に出れば、学校生活よりも、もっと理不尽なことがあるし、イジメだってある。
学校生活なら行かなければ、そこから逃げ出すこともできるだろうが、社会の場合はそうはいかない。
そして、いずれは皆、そんな社会に出て行かなければならないのだ。

じゃあ、どうすれば良いのか。
そこに親の存在意義がある。

僕の妹の話を少し。
僕の妹は、生まれた時からアレルギー体質で、特に小学生の頃は、アトピーがひどかった。

そんな妹が小学校一年生の時、学校から家に帰ってくるなり、学校に行きたくないと言って、ポロポロと涙を流した。
普段気が強く、滅多に涙を流さない妹だったので、母親が驚いて、理由を訊くとどうやら、小学校のクラスのみんなに、アトピーのことでからかわれたらしかった。

その日の帰りのホームルームで、クラスの男の子の何人かが、妹を指差して、

「お前、いつも肌がカサカサで、キタナイ。」

「ソバに来たら感染るから、コッチに来るな。」

「アトピーのバイキンが感染る。」

だとか言われ、その言葉にクラスのみんながどっと笑った。
あろうことか、そばにいた担任も、一緒になって笑っていた、という。
妹は、笑ってその場をやり過ごしたが、悔しくて、悔しくてたまらなかったらしい。
家に帰って、母親の顔を見て、涙がポロポロと零れ落ちた。

母親は、妹の話を聞くなり、血相を変えて、家を飛び出した。
後から聞いた話では、学校へ怒鳴り込みに行ったらしかった。

ウチの娘はアトピーかもしれないが、バイキンではないし、感染る病気じゃない。
一緒になって笑っていた先生に、そう叱責し、次の日のホームルームにクラスのみんなの前で、妹のアトピーについて、キチンとした説明をさせた。

そんなことがあったが、妹はその後、殆ど学校を休むことなく、小、中、高校を卒業した。
幸い、イジメられることもなく、楽しい学校生活が送れたようだった。

僕の妹は、学校や周りの友人に恵まれていたのかも知れない。
でも、ひとつ言えるのは、あの時、妹は学校に行くのが辛いと言った。
学校に行きたくない、と言った。

大切なのは、その時、親がどれだけ自分の子供と向き合えるかだ。
そうやって向きあって、親として出来る限りのことをする。
ただ、学校へ行きなさい、ガマンしなさい、ではなく、子供と一緒に悩み、考え、向き合う。

それでもダメなら、行かないという選択もあるだろう。
でも、まずは子供と向き合う。

これが大切なんじゃないだろうか。
14 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する