今日はとらの避妊手術で飼い主もなぜかぐったりで午後6時頃から猛烈に眠いのだけど、今 寝てしまうと夜ヘンな時間に起きちゃって目が冴えそうなので、睡魔と闘いながらmixiしてたら、
前回の日記に関連してると思ってコメント欄に残しておいたものが、けっこう重要に感じたので、あらためて日記にしておこうって思いました。
たまにガチガチ頭の人は、全てがひとつなのだから、違いがあるって言ってる時点で偽物だ(以前そんな人が居たので)なんて思っちゃう人も居るかな(たぶんマイミクさんには居ないと思うけど)とちょうどシンクロしてる人が感じてたのを感じた(いつもながらヘンな文)のもありました。
スピって一見矛盾してるように感じる事もあるかもしれないけど、突き詰めるとそんなことないんですよね☆
http://ameblo.jp/emptyboat/entry-11620548293.html
■“本当の自分”と“本来の自分”
僕はこのブログの記事を書くとき、
“本当の自分” と “本来の自分” という言葉を
意識的に使い分けてきた。
“本当の自分” は始まりも終わりもない存在であり、
形のあるものすべてがそこから生まれ、
そこへ還ってゆく無限の意識の広がりだ。
一方、“本来の自分” は、その広大な意識が
一人の人間を通して自らを表現する際に発揮する
ユニークな個性のことだ。
すべての人の “本当の自分” は広大なひとつの意識だが、
各人の “本来の自分” はひとつとして同じものはない。
僕は、魂という言葉もよく使うが、
これも “本来の自分” を意味している。
一人ひとりの魂、“本来の自分” は
それぞれ独自のバイブレーションをもっていて、
それが共鳴して自然に引きつける人・もの・状況はみな違っている。
そして “本来の自分” で、ごく自然にできてしまうこと、
しかも、その行為そのものに歓びを感じることも、
一人ひとりまったく違っている。
それなのに、自分を他人と比較して、
ほかの誰かのようになろうと頑張るなら、
せっかくの本来のバイブレーションが発揮できなくなる。
僕が持っている『DOORS』という雑誌のインタヴューで、
矢沢永吉もこう語っている――
絶対に人のことをうらやましいと思わないこと。
隣近所をうらやましいと思わないこと。
どういうことが自分にとってのベストなのか。
人と比べるんじゃないよ。
自分にとってのコンフォタブルって何かを、
自分でちゃんと把握すること。ブレないこと。
それをピシッと持てたら自分なりのスピードで、
仕事であろうが何だろうがやっていける。
こういう “本来の自分” から逸れない生き方をしていけば、
僕たちは “本当の自分” にひとりでに目覚めていくものだ
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