■新型出生前診断、来月にも=高齢妊娠など限定、学会指針―病院を審査、登録
(時事通信社 - 03月09日 17:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2352018
出生前診断については、過去に何度か日記で書いた。
僕には2人の息子がいるから、五体満足を願うパパやママの気持ちがよくわかる。
長男が産まれた時、嫁は、できればもう一人、しかもできれば、女の子が欲しいと言った。
しかし、もう一人産むとしたら、30歳までに産みたい。
もし、30歳までに妊娠しなかったら、2人目は諦める、と言った。
それは、一つは嫁の体力的な面もあったのだろうが、もう一つは高齢出産におけるリスクを嫁は考えていたのだろう。
嫁が2人目が欲しいと言った時、28歳だった。
妊娠するチャンスがあるとしたら、あと2年。
幸い、運が良かったのか、嫁は29歳で2人目を妊娠して、30歳になるちょっと前に出産した。
嫁は2人目は女の子が欲しいと言ったが、生まれてきた赤ちゃんは、男の子だった。
でも、生まれてくる時は、赤ちゃんが男の子か女の子かなんて、2人ともどっちでも良かった。
五体満足で元気な赤ちゃんが生まれてきてくれれば、それで幸せだった。
僕には今、4歳と1歳になる息子がいる。
2人とも、お蔭さまで元気に育ってくれている。
子供ができるまでは、僕もそんなことは全然考えなかった。
赤ちゃんは元気に生まれてくることが当たり前だ、なんてそんなことを思っていた。
だが、実際結婚し、嫁が赤ちゃんを授かった時、僕はあの時当たり前に思っていたことを、心から願っている自分がいることに気付いた。
決して、赤ちゃんが元気に五体満足で生まれてくることは、当たり前じゃないんだ。
親というのは、ママが赤ちゃんを授かって、生まれ出てくる十月十日の間、ずっと赤ちゃんが元気に五体満足で生まれてくることを、その瞬間まで願っているものなんだ、ということを、その時初めて知った。
出生前診断については、強制でない限り、僕は診断を否定することはできない。
親ならば、誰しも生まれてくる赤ちゃんのことを心配し、知りたいと思う気持ちは当たり前だと思うからだ。
そして、知ることによって、赤ちゃんがダウン症や何らかの障害を持って生まれてくることがわかったとしても、夫婦で話し合い、生まれてくる赤ちゃんを受け入れる準備ができる。
そう考えることのできる夫婦にとっては、この検査は有意義なものとなる。
そして、生まない選択したとしても、僕は、それは選択の一つとして仕方ないんじゃないかと思っている。
これは命の選別ではなく、それぞれの家族が家族としてやっていくための在り方なのだ。
前にも日記に書いたが、もし、僕の嫁がこの先3人目を妊娠しても、僕たち夫婦は出生前診断を受けないだろう。
僕たち夫婦にとっては、必要ないからだ。
2人の息子を見ていると、リスクはリスクとして受け入れる準備が僕たち夫婦にはある。
これも、家族としやっていくための在り方の一つだ。
そして、僕たちが出生前診断を受けない大きな理由は、出生前診断の精度が80%であるということ。
この精度では、生まない選択をすることのリスクが大きいと思うのだ。
だが、親は皆生まれてくる赤ちゃんの無事を願っている。
その気持ちは皆同じだ。
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