mixiユーザー(id:47361257)

2012年10月29日19:08

66 view

犯した罪に対する妥当な量刑は・・・

■光母子殺害、大月死刑囚が広島高裁に再審請求
(読売新聞 - 10月29日 11:37)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2203843

毎朝、僕が仕事に行く時、玄関まで嫁が見送りに来てくれる。
時には、嫁だけでなく、3歳と1歳の息子も玄関まで出てきて見送りに来てくれる。

僕は、嫁に、息子たちに、バイバイと手を振り、家を出る。
どこにでもある。
何気ない毎日の風景。
だが、僕にとっては、嫁や息子たち、家族を持つことの幸せを感じる、そんなひとときだ。

この幸せは、おそらく本村さんも感じておられたろう。

だが、この直後、本村さんには、想像を絶する不幸が襲った。
いや、不幸なんて言葉で表せるもんじゃない。
適当な言葉が見当たらない。

想像してみてください。
自分の嫁や子供に置き換えて。

突然自宅に侵入してきた男が、自分の愛する妻を強姦しようとした。
妻は、激しく抵抗したため、男は妻の首を絞めて殺した。
その上、事切れた妻を、男は犯し、自分の性欲を満たしたのだ。
それだけではなく、そばで泣く愛する娘まで、男は何度も床に叩きつけ、絞め殺した。

文章に書くだけでも、嫌悪感で目を背けたくなる。だが、これは実際に本村さん家族に起こったことだ。

想像してみてください。
こんなことがあなたの家族に起こったら、あなたは、本村さんのように冷静でいられますか?

裁判は、10年以上続き、今年大月被告には死刑の判決が最高裁で出た。

僕は、この判決は妥当だと思っている。
この鬼畜にも劣る男の犯した犯行は、日本における量刑の、極刑を持って償うほか妥当な量刑は見当たらない。

これは、死刑云々は別の話でだ。
大月被告の犯した罪は、極刑こそが妥当な量刑で、それほどの酷い罪を犯したのだ。

日本における量刑の最高刑は、死刑だ。
であるなら、大月被告には死刑を持って罪を償うしかない。
死刑反対というのは、量刑の問題とは関係ない。
もし、死刑反対を叫ぶなら、法廷の外で叫ぶべきだ。

死刑反対という理由で、大月被告の量刑が軽減されるなら、大月被告には犯した罪に対する妥当な量刑が課せられなかったことになる。
これは、本当におかしなことだ。

しかし、人権派で死刑廃止論者の安田弁護士は、法廷でそれをやろうとしている。
一度結審した裁判を死刑反対の為に、混ぜ返す。
事実を事実として認めず、死刑を免れようとするために、あれやこれやと屁理屈を繰り返す。

もし、この裁判に対する姿勢が安田弁護士だけでなく、大月被告の姿勢なら、大月被告は、自分の犯した罪を少しも反省なんかしていない。
頭の中は、自分が助かることばかり。

だが、こうした大月被告の裁判に対する姿勢、自分の犯した罪に対し、真摯に向き合おうとしない態度が、死刑の判決の一つの判断材料になっているのに、何故気付かないのだろう。

いや、本当は気付いているのだろう。
だから、精神鑑定などで、罪そのものから逃げようとするんだろう。
今さら、反省なんかできないし、反省したって死刑の判決は変わらない。

安田弁護士にしても、大月被告にしても、自分のことしか考えられないという点では、思考回路はよく似ている。

だが、大月被告はともかく、安田弁護士は、法曹界の人間だ。
こうした行為が、法廷を侮辱する行為であることは気付くべきだ。

法廷で死刑廃止を持ち出す人は、法廷から出るべきだ。
法廷の外で、死刑廃止を叫ぶべきだ。

でないと、死刑廃止のために、妥当な量刑を歪めることになる。
49 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する