女性の7割が「自分はブス」?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=29&from=diary&id=2202464
ブスかどうかは、本当は本人が決めるものではなく、他人の評価なんだと思う。
だが、7割の女性が、自分で自分のことをブスだと思っているなら、それは単に自分の顔を自分で評価しているだけの話で、それが他人の評価と必ずしも同じでない。
そもそも、ブスというのに基準があるのか。
基準は、評価する人のココロの中にあるのだろう。
また、美人というのにも基準はない。
美人の評価なんて、それこそ曖昧なものだ。
国によって、美人の基準は違うし、日本人でも、時代によって美人の基準は変わっていく。
昔は、美人とされていた女性は、現代では、美人かどうかなんてわからない。
たまたま、今の時代の好まれる顔が美人という評価になるのだろう。
つまるところ、美人とかブスとかいう評価は、他人から見た好みの問題なのだ。
好みの問題だから、美人かブスに明確な線引きはない。
しかし、僕には女性の評価には、かわらぬ美人の評価の基準として、一つ存在していると思っている。
それは、心の美しい人、気持ちの可愛い人の見せる笑顔は、美人であるということだ。
気持ちは顔に表れる。
それが表情という言葉だ。
表情の美しい人は、いつの時代も美人だ。
実は、僕の嫁も、自分の顔にはコンプレックスがあるらしい。
彼女は言う。
鼻は、団子っ鼻だし、唇は厚く、口紅が似合わないと。
だが、嫁が自分で自分をどう評価しようと、僕は、嫁の顔が好きだ。
嫁の団子っ鼻は、愛嬌がある。
嫁の厚い唇は、僕にとっては、たまらなくセクシーだ。
そして、何よりも、彼女が見せる笑顔やはにかんだ顔、拗ねた顔は、僕は美人だと思う。
おそらく、嫁より美人なんて、世の中には掃いて捨てる程いるだろう。
しかし、僕は嫁の顔が、他の誰よりも好きだ。
美人が即ち、その人にとっての好みの顔とは限らない。
これも事実だ。
ブスという言葉は、自分を卑下する。
気持ちの可愛い人が見せる笑顔は、時代を越えて、いつも美しい。
ログインしてコメントを確認・投稿する