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2006年07月24日02:36

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祝・mixi加入 1周年

友人Hitotoさんからmixiに誘われて1年が経過した、、
と思う(タブン)、加入はしたもののmixiのシステムをイマ一つ
よく理解してなかったのと、友人が少ないのとで約2週間
ほどホッぽり放しにしていた。実質活動始めたのは8月
くらいからで、これまた仕事が忙しい時期に差し掛かって
いたのでボチボチ始めた感じでした。恐らく一年前の今頃
ぐらい加入したのだと思われます。
さて、、加入祝1周年を記念してなんぞ日記でも書こうかと
思うのだがネタが無い。当初日記のネタは好きなお船とお魚やら鮨の話だけにしようと思っていました。しかし段々時節や何かのお話までいっちゃったりしてなかなかままならねーw 
そこで初心に戻りわらしの1番大好きなお船の話でも書こうかと思います。《以下長文御免》
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【宗谷物語】

戦後まもなく、敗戦も色濃く残る時期。宇宙開発やオリンピックがまだ遠い夢の夢だった頃、当時の日本国民に夢を与え、サッカーのワールドカップや万博よりも熱く、国も企業も人々も心を一つにして挑んだ国家的イベントがありました。
そう南極犬タロとジロで有名なあの、『南極観測事業』です。戦後日本が初めて許された国際参加の事業であり、科学がまだ夢を見ていた時代、それでも地球に最後に残された未知の場所は、既に南極と深海だけでした。
その未知の場所への、日本人の誇りを取り戻す2万kmの旅を
託された船がありました。
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初代南極観測船「宗谷」であり、後の初代第一管区巡視船
「宗谷」PL107です。(※現在は2代目「そうや」PLH01就役中)
先代PL107「宗谷」日本の船史に残る大活躍をした船でした。数奇な運命を辿り、不可能を可能にした『奇跡の船』と呼ばれ た船だったのです。一般的には船齢20年と呼ばれるお船の 世界で40年以上も長生きして日本と日本国民の期待を背負い 健気に一生懸命働き続けた働き者の船でした。
<宗谷誕生>
宗谷は、戦前に『長崎』で生まれた。まんもちゃんの故郷ですネ。同郷ですw
それについては、こんなエピソードが残されています。
宗谷を建造したのは、長崎県の香焼島にあった川南工業という造船所。ここ、元々は松尾造船所という工場だったのが12年もの間閉鎖されたままになっていたのを、川南工業が買い取ったもの。実はこの経緯にもドラマがあったのです。
昭和11年3月、この閉鎖されたままになっている工場のことを聞きつけて視察に来た川南工業社長、川南豊作の前にボロボロの守衛服を着た老人が立ちはだかり「入っちゃいかん、ここは松尾さんの工場だ!」と叫ぶ。実はこの老人、かつてこの造船所の守衛長をしていた人物で、工場が閉鎖されてからも恩義ある社長のために、手弁当で警備をしていたというのである。この話に感動した川南豊作は直ちにこの造船所を買い取ることを決め、この老人を再び守衛長に採用する。しかしこの老人は、自らの役目が終ったと感じたのか、間もなく病に倒れて死去。川南社長は社葬をもって弔ったという。
宗谷は、再開したこの造船所で3番目の受注。発注元はソ連で、砕氷能力40センチという耐氷型貨物船として建造され、船名もロシア語で「ボロチャエベツ」となっていました。
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戦前 長崎香焼島、川南工業で耐氷貨物船として産声をあげた時には既に発注元である旧ソ連に兄弟船と共に売られてゆく運命にありました。その船体には「Волочаевец/ボロチャエベツ」と 初めての名前も貰っていました。
ところがそうならなかったの です。そう、戦争が始まろうとしていました。暫くは「地領丸」という名前で一般の貨物船商船として中国に行ったりサハリンに行ったり働いていましたが戦争が始まるとすぐ徴用され『特務艦宗谷』として南方に送られ、命からがら何度も日本と南洋の島々を空襲や潜水艦攻撃に晒される中を火の粉を掻い潜り、行き来していました。
一度魚雷をどてッ腹に受け大破しそうになりましたが、幸運にも不発弾で、逆にその潜水艦を爆雷攻撃で撃沈し返り討ちに したという武勇伝さえ残しています。本当に運の強い、不死身 の船なのです。他の海軍の艦船が潜水艦の魚雷や攻撃機の空襲を受けて沈んで行く中、不思議に宗谷だけは難を逃れ無事に任務を果たし終戦を迎えます。
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戦後は上海、台湾、ベトナム、満州、樺太、朝鮮からの「引き揚げ船」として休むまもなく実に19000人の人々を日本に運び故郷に送り届け、ボロボロの船体に鞭打って働きました。
その後、海上保安庁発足と同時に第一期生として編入。 「灯台補給船」として、「喜びも悲しみも幾年月」に出てくる様な燈台守と その家族の為に日本国中の離島に物資を運ぶ役目に着き、実際 その映画にも出演したと聞きます。
補給物資を満載した“宗谷”は、全国の灯台を巡り灯台に火を灯す燃料の重油や軽油、暖房用の石炭、機材の部品や日用雑貨品などを運びました。実は、こうした補給物資に混じって、ささやかながら子ども達のための絵本やおもちゃなども届けられました。普段、厳しい生活を強いられて遊ぶ友達すらいない灯台の子ども達にとって、1年に1度姿を見せる“宗谷”は、なにものにも代えがたい「海のサンタクロース」だったのです。
もしかしたら「宗谷」の一番幸せだった時期かも知れません。
しかし平穏な時期は長く続かず、やがて宗谷は敗戦で打ちひしがれた人々の心を励ますかのように、日本国中の期待を一身に背負い南極観測隊を氷山犇く南氷洋を超え、ー60℃のブリザード吹きすさぶ極寒の現地「南極」まで運ぶ一大プロジェクトに白羽の矢を立てられてしまうのです。


※グッド(上向き矢印)スンマソン上記のアニメ版は冗談でつた、、、orz 本物はコチラバッド(下向き矢印)w
http://www.youtube.com/watch?v=7D6DbixCnEs&feature=fvwrel

ここら辺のくだりはNHK「プロジェクトX」や映画「南極物語」に紹介されていますのでご存知の方も多いことでしょう。タロとジロの南極生還の奇跡も、もしかしたらこの「宗谷」の不思議な強運から始まっていたのかも知れません。しかもこの時、船齢20年を迎えていた宗谷に課せられたこのMISSIONは各国の観測基地の具体的な割り当ての後、残った日本が提案してようやく承認されたのはオングル湾、オングル島プリンス・ハラルド海岸と言って、人跡未踏(じんせきみとう)の地で、接岸不能とまでいわれた南極の空白地帯だったのです。そこに奇跡の接岸をやってのけたのです。


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しかもその場所は、他国の砕氷艦が七度も接岸失敗していた場所であり、 その上、改造は施されたものの宗谷は元来「耐氷船」であり「砕氷船」ではなかったのです。それは間違うことない『奇跡』でした。
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そういう場所と条件が重なりカラフト犬残留の悲劇は起るべくして起きたのかも知れません。南極観測は最初は2回で終わるはずでした。しかし宗谷は結局6度も南極⇔日本間を往復して限界まで任務を遂行しました。
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南極観測船としての業務を終了した“宗谷”は、通常の巡視船 として北海道に派遣され、持ち前の砕氷能力を生かして北洋海域のパトロールに従事し、昭和38年(1963)3月からは、正式に北海道の第一管区海上保安本部に所属する巡視船として、北の海で活躍することになりました。
昭和45年(1970)3月には、択捉(えとろふ)島南方の単冠(ヒトカップ)湾において操業中の沖合底曳漁船(そこびきぎょせん)19隻が流氷群に前進をはばまれ、猛吹雪の中で航行不能になり、8隻が遭難し乗組員30名が死亡又は行方不明になるという史上最大規模の流氷海難事故が発生します。“宗谷”は、流氷群を押し分けて砕氷前進し、悪天候をついて捜索救難活動を行って生存者の救出に活躍しました。
 このようにして“宗谷”は、海難救助出動350件以上、救助船125隻、救助人数約1,000名に及び、「北の海の守り神」とまで呼はれるようになったのです。
その後ようやく、後継巡視船の目処がつき退役を迎えますが、 貨物船として生を受け、商船として働き、特務艦として海軍 に徴用され、海保の船として灯台を巡り、南極観測船として 南氷洋に赴き、その後海保の巡視船に戻り北の海の守護神と して活躍。輸送人員・貨物数知れず、引き揚げを含む救助人員 2万名以上とカラフト犬2匹、戦闘撃沈・潜水艦一隻。 北海〜南氷洋、北から南まで7つの海を走り回った船の一生 でした。もう、恐らくこんな船は二度と出てこないでしょう。
南極観測を含む生涯の半分を海上保安庁で過ごしたこの船は
今、静かにお台場船の科学館で余生を過ごしています。
もし、戦争が起きなければ普通に貨物船として耐用年数を過ごしロシアのどこかで今頃は、赤茶けた鉄錆に朽ち果てていたでしょうか?
“船霊(フナダマ)”という言葉があります。もし、この船に魂が宿っているとするなら、、、
戦前〜戦後激動の昭和を日本人と共にに生き、日本のために
尽くしたこの船は、今の平成日本をどう眺めていることでしょう。

最後に心ある皆さんにお願いがあります。
もし、皆さんが船の科学館のこの「宗谷」を訪れる機会が
ありましたら、100円でも10円でもいいので船体保存
の寄付をしてきて欲しいのです。船齢60歳を越えるこの
船は腐食老朽が進み現在浮いているだけでももう精一杯
なのです。どうか未来にこの船体と伝説を語り継ぐために、、
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「未来に伝えるもの」
>>http://www.geocities.jp/utp_jp/soya.html
「日本財団:宗谷物語」
>>http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/00032/contents/005.htm
「奇跡の船」
>>http://www.geocities.jp/pneuma_jp/Souya.html
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