お金とは、労働の対価に、現物支給や宝、褒美の代わりにもらえ、それをつかって自分の好きな物と交換できるという便利なシステム。
単なる紙切れに国の信用と言う物をまとって、仮想の価値が付加される特殊な環境がうまれる。
1円でも少なく払いたいと願う人は、お金に価値を見出している人だと思う。
貧乏なので、1円の価値が大きいと感じるのか
いわゆるケチで価値のある物に執着し、手放したくないのか
個人によって理由は色々あるかと思うが
どうあれ、お金という物に価値を見出していればいるほど、無駄銭を払いたくない。
会社と言う組織は、お金を集めて分配する組織だと思うのだが、その会社での常識が、日常生活の常識に大きく影響を及ぼしている人も、ケチな傾向にあるだろう。
お金をタンス貯金で貯めまくっていたら、経済が滞る。
人間にとって血が大事でも、体内のどこかで無理に蓄えていればかならず病気になる。。
それとおなじ。
潤滑しないエネルギーは癌になる。
信用に値する存在でないと、お金の存在意義がなく、それが故に、お金が信用である世界ができあがる。
これは心が重要でない世界をつくる。
エネルギーのコントロールをもっときちんとしないと、流れが滞りまくっている。
お金の流れと心の流れが、ちぐはぐな社会になったのは、本来、幸せな社会を作ろうと努力して作った権利や法律や、貸し借りを認めた事による。
豊かになった事の代償だ。
それを修正するのは、簡単ではない。
それでも私は、お金という思想からの脱却を試みたい。
完全にアナーキストだな。笑
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