ココだけの話……幽霊って見たことある?
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幽霊や心霊現象って普段からよく聞く。
私自信も、おかしな現象を体験した事があるが、これを声を高々にして、『私は霊能力がある』と断言している人って、本当になんとなくではなく、はっきりと絶対にと言い切れるのだろうか?
人間の脳というのは結構いい加減で、見えるはずのないものを集団で見たとしてもおかしくない。
これをすべて心霊現象だとしてしまう方が無理があると思う。
私は輪廻転生を信じていない。
これはそうであってほしいという気持ちが思想になったものだと思う。
正直者や真面目な者が報われない世の中なんておかしい。
だから現世で報われなくてもちゃんと神は見ていて、来世で報われる。
これってそうだよ!って宗教で肯定する事で生きていく活力となるからそうしたに違いないと思う。
そもそも宗教というのは、自分が救われたい為に発生したモノだと思うし、こういう一生理解できない事をズバっと言ってしまうという事は、一般大衆の心を安心させるという点いおいて、すごく利に適っている。
本当は人は死んだら無になるだけだと思う。
『死なば白骨』それだけだと思う。
もしかしたら、思想や感情という事についやされるエネルギーは現在解明されていない分野で、どこかに残留する可能性はあるかなとは思う。
これが虫の知らせとか、人の心を読むとかの超能力とされてきた可能性はある。
ただ、これには意思などなく、単に残留したエネルギーのみだと思う。
それをオドロオドロしくしたり、美化したりして、小説や映画にしたから、そういう世界があたかもあるかのような文化になったのだと思う。
人間は、こうであってほしいと思う事が、正しいと証明する為に、勝手に脳が色んな幻想を作り出すそうだ。そして哲学者や宗教はその心を甘く揺さぶる。
心霊現象というのは一種の宗教だと思う。
信じるか信じないかではなく、そういう思想かそうでないか?
という感じか。
おもしろいのは、現在の日本をはじめとする先進国は、科学で証明されている事が真実で、そうでないモノは、まゆつばだという、これまた科学という宗教の判断しか信用してない。
科学で証明されている事など、世の中の森羅万象の現象の1%に満たないんじゃないかと思うが、それでもそれしか信用していないというのは笑える。
人間、基準がないと不安なのだろう。
自分が善人である基準。
自分が標準的である基準。
自分が常識人である基準。
日本人は無宗教なんていうが、こんな考えは、まさに宗教そのものだ。
日本人は名前のない宗教に囚われていると言える。
そのおかげで世界にも稀にみる自制力、忍耐力がある国民性を保っている訳でもあるので
それが悪い事なのか、良いことなのかの判断は私にはできない。
ただ、人間って、自分を計るものさしがないと怖いって思うんだなー。と不思議に思う。
私は、自分が悪人でも善人でも、常識人でも非常識でも、頭が良く思われても悪く思われても、別にそんなのどうでもいい評価だと思うし、気にもならない。
神は存在するのかしないのか?
日本人からするとこれが宗教で一番大事な事のように感じると思うが
当然、ムスリムやクリスチャンに対して神を冒涜するような行為はご法度だが、実はそれが一番重要な事ではなくて、自分が生きていく上での判断の基準を与えてくれているのが宗教なのだ。
だから、神は存在するのかしないのか?霊が存在するのかしないのか?
という疑問は、科学という宗教に入った人ならではの、特殊な疑問であるといえる。
YES,NOがはっきりしないとどうも気持ち悪いというのも、科学宗教の特徴のひとつだ。
世の中ではっきりとそれが絶対である事は、人間が決めた事以外には存在しない。
1+1=2 こういう法則を人間が決めたなら、それは絶対だ。
ただ自然界では、そういう絶対は一切ない。
だから、統計学的にそうなる可能性が極めて高い事を、”そうなる”と仮に断定しているだけだ。
1/2ってすごく簡単で、50%、半分って意味だというのは小学生でも分かる。
だが、これって机上の空論であって、現実に存在するモノを半分にするのは不可能だ。
原子単位できっちり半分に分けても、粒子、素粒子と、どんどん小さな物質が見つかる。
わたしは、これはきりなく永遠に小さな物質が存在するのではないか?と思う。
科学の宗教に入っている人は、果てが無い、永遠などという事が気持ちが悪い。
それは地球上の”仮の”科学には、かならず果てがあり、永遠など存在しないからだ。
これが霊や神と大きく関わっているように思う。
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