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2011年07月16日06:13

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祇園山笠・追い山

■舁き山笠、威勢よく疾走…博多祇園山笠・追い山
(読売新聞 - 07月15日 11:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1672924&media_id=20

 昔、福岡に住んでいたことがあるが、祇園山笠の「追い山」は一度だけ見物に行った。

 7月15日の早朝に地下鉄に乗って(地下鉄もその日は早朝から走っていたと記憶している)、その頃住んでいた西新から祇園まで出て、大博通りの交差点のところで大勢の見物客に混じって勇壮な山笠が目の前を疾走するのを見たときの鮮烈な印象は、10年近く経ったいまでもよく覚えている。一緒に連れて行った長女はその頃まだ小学校6年生であったが、いまや大学生なのだから、こちらが歳を取るはずである。

 博多(厳密には福岡と博多は違うので念のため)の人たちは、大阪の岸和田の人たちが「だんじり」に対するのと同様に、1年に1度の「祇園山笠」のために多大な情熱を傾けて生きている。

 それぞれの「流(ながれ)」ごとに地域での「タテ社会」が形成されている。単なる年功序列ではなくて、子供の頃からの実績の積み重ねに基づいて、地域の仲間に認められることで、「ランク」のようなものが決まっていくらしい。その頂点を占めてリーダーとして仕切るのが「台上がり」「総務」と呼ばれるような人たちである。地域の人のつながりが希薄になりつつある現代に於て、福岡市のような大都市の都心部で、祇園山笠という1年に1度のイベントを中心に、こういう濃厚なコミュニティがいまでも残されているというのは興味深いことである。

 娘たちが通っている小学校の先生は博多出身であったが、このシーズンになるとしばしば学校を早退して山笠関係の用事に参加していた。他の地域ならとんでもない話であるが、福岡や博多の周辺では、「山笠ならば仕方がない」ということになる。会社勤めのサラリーマンも同様である。この時期は山笠がすべてに優先されることになる。

 7月に入ると、法被姿の舁き手が街中をウロウロとしているのも珍しくなくなる。僕が当時勤務していた会社の役員フロアに法被姿の数名がドヤドヤとやってきたことがあった。毎年この時期になると祝儀をもらいに来るのだそうである。法被姿は毎年6月1日から山笠終了までは正装姿として公式の場でも認められているので、ホテルのロビーだろうと法被と締込姿でも咎められることは一切ない。

 祇園山笠に夢中になるような連中のことを、「のぼせもん」というらしい。「すぐ調子に乗る奴」という意味の博多弁である。たしかに血の気が多くて、熱しやすくて冷めやすいタイプの人が多かったように思う。

 季節ごとにイベントがあり、そうしたイベントを通じて地域住民の濃厚なコミュニティがあることを、暑苦しいと思うか、居心地が良いと考えるかは人それぞれであろう。

 でも無縁化などという言葉が一般化し、孤独死するような独居老人が珍しくもない殺伐とした世の中になってくると、地域コミュニティというのは人間が生きていく上での重要なセーフティネットではないかと思う。人は所詮はひとりで生きていくことはできないし、政府も頼りにならないとすれば、「小さな政府、大きな社会」で社会的包摂性を確保することが今後は重要な課題になってくるのだろうと思う。

 祇園山笠の季節になるたびに、福岡・博多の街が暑苦しくも居心地が良かったことを思い出す。
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