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2011年04月24日21:01

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イシュトバーン、『バーダー・マインホフ』(2008年)を見る

 1960年代、日本を含む全世界のいたるところで「怒れる若者たち」による学生運動が展開されていたころ、ドイツにおいても学生運動が絶頂を迎えていた。
 この運動も日本における学生運動と同じように、1960年代末には下火となり、そして、武力闘争という名のテロへと姿を変えてゆくことになる。
 この映画は、ドイツ版「連合赤軍事件」ともいうべき、「ドイツ赤軍事件」を取り扱っている。
さしずめ、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)の「ドイツ版」といったところか。
 筆者の個人的な感想を述べさせてもらえれば、若松監督の作品よりも『バーダー・マインホフ』(2008年)の方が、かなり見やすく仕上がっている。ただしこれは決して若松監督の落ち度などではなく、このような社会派映画が受け入れられ、興業として成り立つドイツ社会の勝利というべきだろう。

豪華な俳優陣、150分間という上映時間を長く感じさせず、その間に、革ジャンとマシンガンで武装したドイツ赤軍の若者たちの疾走と蹉跌を、丁寧につくられた音楽と共に「現代版ボニー&クライド」のごとく描いており、1960〜70年代の学生運動を知る上での、良い手掛かりといえる。
ちなみに1970年にドイツ赤軍(Red Army Faction;意訳すると“赤軍派”)が誕生しているが、「赤軍」という名前は、何と!日本赤軍に由来するという。
この映画は、「もし日本の連合赤軍が、充分な武器と資源を与えられ、より効率的な戦略・戦術のもとに武力闘争を行っていたら、どうなっていたか?」という問いに、かなり答えてくれよう。
 
結論は、「それでも、暴力という手段で、社会を変えることはできなかった」のである。


ドイツ赤軍wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%B5%A4%E8%BB%8D


 この映画は、1967年のドイツ学生運動の絶頂期から、ドイツ赤軍創設期のリーダーたちが、1977年に刑務所の中で集団自殺をとげるまでの10年間を扱っている。
  
  映画において描かれている日本の学生運動とドイツ学生運動との間に、いくつかの共通項が見られる事は興味深い。
学生運動の集会において、「アメリカ帝国主義を倒せ!」「米軍の後方支援基地となっているドイツ(日本)を何とかせねばならない!」との演説が日独双方で叫ばれていた。
 次に、双方の運動が、1960年代後半に絶頂と衰退を経験したこと、そして、その中から武装闘争を繰り広げるグループが派生し、70年代に暴力と恐怖を撒き散らした点においても共通している。
 
 
 もちろん異なる部分も、かなりある。
 そのうちの1つが彼らの戦略の違いである。
 日本の連合赤軍が山岳ゲリラ路線を選び、東日本の山の中で日本社会から遊離し、仲間同士の殺戮の果てに組織が内部崩壊していったのに対し、ドイツ赤軍は都市ゲリラ路線を選んだ。彼らの組織が日本赤軍とは違い、仲間同士の殺し合いや組織の内部崩壊を経験しなかったことは、実に興味深い。
  しかし、ドイツ赤軍のテロは、後にドイツ治安当局とドイツ赤軍との間での「仁義なき戦い」とも呼ぶべき、どこまでも深刻な事態を引き起こすことになる。

 次に、彼らのライフスタイルについてである。
 ドイツ赤軍のライフスタイルは、「セックス!ガンズ!ロックンロール!」を3本柱にした、かなり享楽的なものであった。
 性の解放を信奉し、♪盗んだベ〜ンツで走り出し〜、「ヒャッハー!」とロケンロールをバックに「銃は最高だぜ〜っ!」と、真夜中のアウトバーンでピストルを乱射する(北斗の拳かよ…)。
「ねぇ、闘争とか革命なんてやんないで、そのまんま、気楽で楽しい生活を続けたら?」
 という、ツッコミをいれたくなるぐらいに、それはもう!楽しそうにしていたらしい(笑)。
「こんなので、パレスチナでの軍事訓練についてゆけるのかなぁ?」などと考えていたら、案の定、イスラム教を奉ずるパレスチナゲリラの皆さんと、問題を起こしていたりする…。

 

 最後に、彼らのテロが与えた影響についてである。
 ドイツ赤軍は、日本赤軍よりも充分に、ドイツの治安当局を追い詰めていた。
 数百万人にものぼるドイツ赤軍の支持者は、彼らの逮捕を困難にしていた。
 
 ではなぜ、テロリストの彼らに支持者が現れたのか?
 当時のドイツ国家当局は学生運動のデモに対し、機動隊の投入でもって応えた。
 このような国家による「合法的暴力」に対抗する方法が、当時においては、ドイツ赤軍の武力闘争やテロにしか無いように思われたからである。
 いいかえればドイツ赤軍の彼らは、若者側の「やり場の無さ」や「抑圧」を、曲りなりにも代弁していたので、大勢の支持者が生まれたのであろう。
【誤解の無いように述べておくが、21世紀の現代において、国家の「合法的暴力」に対抗する際には、合法的な非暴力の諸手段がとられる。】

 そのうえ、当時の西ドイツの隣には東ドイツが存在し、そこには数十万人単位でソ連軍が駐留していた。つまり、ドイツ赤軍の問題を収拾できなければ、西ドイツが存亡の危機に立たされることになったのだ。
 
 かような事態に際し、ブルーノ・ガンツ演じるドイツ連邦刑事局のトップは、毅然としてドイツ警察の組織力を動員しながらも、

「ドイツ赤軍の彼らを殺し、逮捕するだけでは、この事件は解決しまい。若者たちが抑圧を感じるような社会を、政治家たちが変えてゆかなければならない。」

 との主旨の台詞をはく。この台詞には、当時のドイツ治安当局が立たされた困難な立場と、連邦刑事局のトップが持っていた柔軟な思考、そして、先見の明とが同時に現れていて実に興味深い。彼を敵に回した時点で、ドイツ赤軍に勝ち目はなかったのだろう。

 ドイツ赤軍創設期のメンバーは、全編150分の作品の半分あたりで逮捕されてしまうが、ドイツ赤軍の恐ろしさと本領が発揮されるのは、映画の後半においてである。
 ドイツ連邦刑事局のトップが予見したとおり、ドイツ赤軍のリーダーが逮捕されても、「次世代」の活動家がドイツ社会から「増殖」してゆき、なおかつ、民間人の犠牲を顧みないテロを展開し、ドイツ赤軍創設期のメンバーのコントロールすらも及ばなくなってゆき、やがて、「ドイツの秋」事件を引き起こす。

 「ドイツの秋」事件wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E7%A7%8B

 結局、ドイツ赤軍は、ドイツ社会を変えることもなく、また、ドイツ社会の中で「地に足を付けた存在」になることもなく、最後はメンバーの逮捕と獄中死、そしてドイツ赤軍による人質の「処刑」という、身もフタもない最悪の結末を迎えることになる。
 

 ドイツ赤軍も日本赤軍と同じく、暴力で社会を変えることができず、社会に混乱と暴力を撒き散らすだけの結果に終わった。
 なぜなら「社会全体が裕福となっていて、ほとんどの人々が食うに困らず、家族と家を持てた時代」となっていたことを、見落としていたからであろう。
 そのような社会において、革命や暴力闘争は不要のものであり、彼らのような運動組織が、社会から遊離してゆくことは必然であった。


 『バーダー・マインホフ』は、ドイツ赤軍の若者の最もカッコ良い部分と、彼らがもたらした最悪の結果の双方を観客に提示した。
 このことは日本赤軍やドイツ赤軍そのものの神格化、そして彼らがとった暴力闘争という手段の神格化を避けなければならないことを示している。

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