1980年の今日、ジョン・レノンが凶弾に倒れた。
ぼくは18だった。じぶんを傷つけ、他人を傷つける手に負えない青二才だった。48になったいまでは、当時をよく思い出せない。記憶のすべてが朧にかすんでいる。
12月8日も、いまとなっては曖昧だが、なんとか記憶をたぐり寄せてみよう。
その日の夕方、離れて暮らしていたオヤジが電話を寄こしてきて「ニュース見たか？ もとビートルズのジョン・レノンが殺されたぞ……」と報せてきた。
ぼくはいてもたってもいられなくなって、街に飛び出した。自分ひとりで抱え込むには重すぎるニュースだった。人と会って話して、哀しみを共有したかったのだ。
福岡の街は狭い。親不孝通り界隈を歩けば誰かしら出くわす。だけどその日に限って、誰にも出会わなかった。そのころつきあっていた女性とは、ほぼ毎日会っていたけれど、なにか彼女のほうに用件があったのだろう、結局その日は連絡がつかなかった。
しかたがないので、行きつけの喫茶店に向かった。ともだちが現れないかと思って。だけど常連の客はほとんど居ず、ぼくひとりだった。やたらと煙草を吹かし、コーヒーを何杯もおかわりした。天井のスピーカーからはニーナ・シモンの唸りが降りそそいでいる。そのころはやりの、好きでもないインベーダーゲームで時間を潰した。
そこでようやくわかった。いいや、ともだちと会いたかったというのは口実だ。ほんとは誰にも会わず、ひとりきりになりたかったのだ、と。
何時間か経って次の日になり、ようやくあきらめがついた。喫茶店を出て自室に戻ろうとした矢先、アシュケナージから声をかけられた。もちろんそれはあだ名で、彼はアシュケナージの信奉者でクラシック至上主義の食えないやつだった。日ごろ互いに口をきかない間柄だったのに、今夜はなぜかしらアシュケナージのほうからぼくに歩みよってきた。そしてニヤニヤしながらぼくにこう質した。
「ジョン・レノンが死にましたね、イワシタさんはこの状況をどうお考えですか？」
唖然としたぼくは、こいつ殴ってやろうかとも考えた。が、すんでのところで思いとどまった。暴力的なふるまいをしたら、銃弾に倒れたジョンに申し訳ないような気がして。怒気をはらませて、ぼくは言い返した。
「ひとつの偉大な才能が世界から喪失した――とでもいえば満足ですか？」
それからきびすを返した。アシュケナージの呆然とした顔は振り返らなくてもわかった。
福岡の冬は寒い。博多湾から流れ込む風が街路を縫うように吹きすさぶ。ダッフルコートのフードを被り、ぼくはとぼとぼと歩き続けた。もうすぐアメリカに語学留学する彼女の面影が、ほんの一瞬だけ傍らに浮かんだ。
――いったいどこまでゆくの？
――せめて今夜だけは、ジョンのために独りを噛みしめようと思って。
気がつくとぼくは博多埠頭の突端へ向かっていた。朝日が昇るそのときまでジョン・レノンののうたを片っ端から口ずさもうと。
ぼくは、1980年12月8日を境にジョン・レノンについて積極的に語ることを努めて回避してきた。きわめて私的な領域と密接に絡みあっているがゆえに、ジョン・レノンのなにが優れているのか、なにに惹かれたのかが、他人にうまく説明できないのだ（今回の日記も、だんだん収拾がつかなくなってきているし）。
だけど、これではいけない、ジョン・レノンと同時代を生きたひとりが、彼の軌跡を語り継ぐことは、ぜったい必要なんだと、自らにいいきかせて、極私的ジョン・レノン論を、今後ことあるごとに展開していきたいと思いたった。
なにせぼくの創造力の源となったのは、ジョン・レノンそのひとに他ならないから。
で、今夜ぼくがいいたいことは、この一点に尽きる。
「ジョン・レノンの、ソロ時代の音楽は、あまりにも過小評価されている」
以下を聴いてもらえば、少しはご理解いただけるだろうか？
【今日は5曲】
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ソロシングル第三弾。朝、目覚めたときに曲を書き、半日で録音されたという、まさに即席レコード。
アラン・ホワイト（のちにイエス）の豪胆なドラムが楽曲に命を与えている。
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ロック史上、もっとも重要な一枚だと言い切れる「ジョンの魂」。
本人のpf（g）クラウス・ブアマンb、リンゴ・スターdsのトリオが構築したアンサンブルは揺るぎがない。
��「ジョン・シンクレア」
米国の急進的活動家ジョン・シンクレア。これらの歌が内包するメッセージを日本の音楽ジャーナリズムは正確に伝えてこなかったうらみがある。ま、硬いこと抜きにしても、このアーシーなドライブ感を聴いてよ。
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ジョンが少し世間に歩み寄ったアルバム「マインドゲームズ」より。NYの腕っこきがアルバム制作に協力。例えばこの曲の肝はゴードン・エドワーズのベースだ。ほかにもエルトン・ジョンがカバーした「ワン・デイ」など、旋律のきれいな佳曲多し。しかし「マインドゲームズ」という作品をまともに論じた記事を、ぼくは寡聞にして知らない。
�ァ�#9ドリーム（夢の夢）」
前の曲もそうだが、ジョンはコード進行への試みをあきらめていなかった。ロックの表現領域を拡げようと、暗中模索していたのである。浮遊感に満ちた編曲とあいまって、ジョンのウィスパーボイスは霧中に漂うかのようだ。
ぼくは声を大にしていいたい。ジョンはイマジンだけじゃないんだぞ! って。
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