■未成熟な親、相次ぐ虐待…10〜20歳代が半数
(読売新聞 - 08月04日 03:04)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1297685&media_id=20
一生懸命にやっている人が、たとえば全然的外れのデータで避難された時に、なぜ怒る必要があるのだろうか?
『きめつけやがって、気分が悪い!』 とか 『30〜40歳だって虐待しているヤツいるだろうが!』とか。なんでそういう風に思うのだろうか?
本当に自分がきちんと努力しており、きちんとした結果をだしているのなら、怒る必要なんか全くないのではないのか?
それとも心のどこかに、自分にも当てはまるような、やましい所があって、そこを突かれているようで、気分が悪いのだろうか?ましてや意味のないようなデータに対して目くじら立てる意味などないように思うが。
人が怒る時、そこにはどういう事が作用しているのだろうか?
人が怒るというメガニズムはどうなっているのだろうか?
具体例をあげればキリがないのだが、少し書き出してみる。
・期待していた事を相手がしてくれない。(怠惰な店員、横着な接客、裏切り行為)
・気にしている事を言われる。
・努力を認めてもらえない。
・勝手な判断で関係ない人間と同類にされる。
・バカにされる。(能力がない、才能がない、格下に見られる)
・無視される。
・説明を理解してもらえない。(言葉が通じない、意思の疎通ができない)
恐怖の感情と同時に存在しえる場合もある。
・理解できない、解明されていない(オバケ、ヤクザなども含む)
・圧倒的不利な立場
・対暴力
などなど。
まずは怒りについてであるが、過度のサービスを期待する行為は怒りしか生まない。
良いサービスを求める行為は悪い事だとは思わないが、期待するという行為はあまりいいとは思わない。
ワクワクする気持ちが楽しいのは理解できるので、それまでは否定はしないが、期待を裏切られた時に怒るくらいなら、ワクワクなんかしない方がいいとも思う。
イエスマンな意見ばかり期待するから、違う意見を食らうと、我を忘れたようにアホになるのだと思うし、ちょっとレストランで注文した品と違うだけで、不機嫌な顔で文句を言うような、しょうもない人間になってしまう。
すべては余裕に無さから来ているのではないか?と推測する。
心に余裕があれば、いちいち怒る必要がない。
違う意見を言われたら、どうしてそうなるのか?を冷静に普通に聞けばいいし、レストランで注文が間違われようが、ソースこぼされようが、普通に話をすればいいだけではないか?
元々は相手が悪くても、そこで怒った事により、怒った人間のせいで雰囲気が悪くなったのであれば、それは怒った人間も悪いという事になると思う。
人間にとって、怒り、恐怖という感情は非常に大事だと思う。
だからこそ、アホみたいにすぐに怒ったり、ビビったりするもんじゃない。
その為に日々精進して心を鍛えるべきだと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する